時間が経つにつれて、私は専務の恋人というポジションに慣れてきた。会社で会っても以前のように動揺しないし、名前で呼ぶことも平気。だけど、専務は恋人がいると公表したわけではない。相変わらず専務のところにはお見合いの話が来るため、私はお見合いを断る要員として、度々商談に同席していた。

「詩織、またお願いしたいんだけどいい?15日なんだけど。」
「わかりました。大丈夫です。」
「仕事が忙しかったら無理しなくていいからね。」

 商談の場所は、小さな日本庭園がある料亭だった。

「今日のお店はすごく風情がありますね。」
「このお店は社長さんたちに人気なんだ。詩織は、こういうお店好き?」
「嫌いではありませんが、お食事をするなら居酒屋の方がいいですね。」
「俺も。」

 商談の間、私がやることといえば、専務の隣で静かに座っているだけ。でも気は抜けない。商談が終わり、相手を見送ってから、ようやく息ができるようになる。それくらい気を張っている。

「詩織はこういう……料亭とかよく来るの?」
「え?」

「前も料亭で商談したことがあったけど、慣れてるよね。」
「私なりに事前に調べて準備しているんです!」
「そうなんだ。ごめん、気を使わせて。」

 相手の機嫌を損ねたら、商談に影響が出てしまう。気楽に臨むことはできない。

「星矢さんに電話するね。」

 専務は、スマホを操作するとしれっと私の手を握った。以前、電話中にナンパされたことを気にしてくれているらしい。

「星矢さん、終わりました!予定通りです!はい、あとは明日やります。全部明日やります!今日の分は全部終わってます!はい、ではっ!」

 専務は電話を終わらせると、清々しい顔でこちらを向いた。

「終わったよ。」
「無理やり切っていませんでしたか?」

「終わったから良いの。なんの問題もなかったんだから。それよりうちで飲み直そうよ。食べてなかったでしょ?」

「今日は平日ですよ?」
「……だめなの?」

 専務は可愛らしく小首を傾げている。そんな目で見ないで欲しい。

「明日も仕事ですし……」
「じゃあ、ここでキスしよ。」

「なんでそうなるんですか!」
「仕事終わったんだからいいでしょ?」

「だめですよ!誰が見てるかわかりません。」
「じゃあ、部屋に来てよ。」

 行きたくないわけじゃない。このまま専務の部屋へ行ってしまうと──

「色々あるんですよ……同じ服で出勤すると色々言われたりしますから……着替えもありませんし……」

 もごもごと言い訳を呟くと、専務はふわりと私を抱きしめた。

「まだ空いてるお店あるから、服買いに行こう?選んであげるから。」

 小さく頷くと、専務はポンポンと頭を撫でた。私は専務の背中に腕を回して幸せを噛みしめた。この幸せな時間が当たり前に続くと思っていた。だけど──