「そういえば、俺を居酒屋から連れ出す方法……よく思いついたね。」
「必死に考えたんです。お店のご主人の目線が怖くて……本当は、放置して帰りたかったんですからね?」
「ははは、そうだよね。ありがとう、早川さん。」

 居酒屋の扉を開くと、専務の顔を見るなり店主が駆け寄ってきた。

「智也くん、よかったな〜!有能な彼女さんで。ははは!」
「ご迷惑をおかけしました。」

「約束通り今日から個室を使っていい。だが、しばらくはそちらの彼女さんがいる時だけだ。いいな?」
「わかりました。ありがとうございます!」

 専務が深々と頭を下げると、店員さんがお店の奥へ案内してくれた。

「今日はカウンターじゃないんですか?」
「この奥に個室があるんだよ。すごく素敵な場所なんだ。」

 4人が座れる程度のこぢんまりした個室は、小さな書斎とも呼べるような空間だった。

「本当に、素敵な場所ですね。」
「ここを使いたくて何度も通ったんだ。でも寝る客には使わせないって言われてさ……」

「それでリーチって言われていたんですか?」
「そう。早川さんがいなかったら出禁になって、一生この部屋に入ることは叶わなかったよ。」

 個室に入るとすぐにビールが運ばれてきた。

「早川さん、今日はありがとう。」

 専務の後ろを歩いていただけなのに、飲んで良いのかと思いながら小さく乾杯をしてビールを飲んだ。相変わらず美味しいけれど、私はジョッキを持ったまま固まった。

(うわ、どうしよう……!何話せば良いんだろ……!)

 前回来た時は展示会終わりだったから聞きたいことが沢山あったし、カウンターだったから周囲の音がうるさくて無言でも耐えられた。さっきの喫茶店でも周囲の雑音があったからなんとかなった。だけど、ここは個室。周囲の雑音も少なく、店員さんの元気な声も聞こえてこない。必死に話のネタを探していると、専務は静かにジョッキを置いた。

「早川さん、あのさ……」
「はい。」

「俺と付き合ってくれない?」
「……え?」

 青天の霹靂とはこのことだ。雷が落ちたような衝撃を受けて、私は何度か瞬きを繰り返した。