「ほら、帰るぞ、水橋。」

答案用紙とノートをまとめながら声をかけると、神奈は机から立ち上がり、俺のそばに歩み寄ってきた。

ふと視線を落とすと、シャツの端を小さな指でつまんでいる。

「ねえ、先生。お願いがあるの。」

「お願い? 何だ。」

どうせ車で送れとか、ジュースおごれとか、そんな軽いことだろうと思っていた。

けれど、次に返ってきた言葉に、心臓が跳ね上がる。

「……H、してみたいの。」

胸の奥でドクンと大きな音が鳴った。

冗談かと思ったが、神奈の瞳はまっすぐで、笑っていなかった。

こう言っちゃあ何だが、神奈は目が大きくて、くりっとした顔立ちの可愛いタイプだ。

明るく気さくで、男子からも人気がある。

そんな女の子が――よりにもよって俺に?

一瞬、頭の中が真っ白になる。教師としては、絶対に踏み込んではいけない領域。

だが、シャツの端をつまむ指先の温もりが、妙に離れがたく感じられた。