「あのとき、なにか用があったから、わたしのところに走ってきてたんでしょ?」


 それで、途中で転んだんだ。

『枝を振り回してて当たった』って何度も親や先生がしゃべってるのを聞いて、そうだったって思い込んでたけど。

 手繰り寄せた昔の記憶の中の高遠くんは、わたしの名前を呼んで、笑顔で走ってきてた。

 あのとき、なにを言おうとしてたのか、結局聞くことはできなかったけど。


「…………蝶のさなぎが見せたくて」

「さなぎ?」

「もうすぐ羽化しそうだったから、弥生と一緒に見たくて」

「それで木の枝を持って、わたしのとこに?」

 こくりとうなずく高遠くん。

「でも、俺めっちゃ運動音痴だったから、途中で転んで、それで……痛い思いさせて……怖い思いさせた。本当にごめん」

「だから、もう謝らないでって」

「多分、あのとき俺……弥生のことが好きだったんだ。なのに好きなヤツのこと傷つけて、価値のない人間だって、ずっと自分を責めてた」


 え……高遠くんが? わたしのことを?


 びっくりして、息が止まりそうになる。


「あれから何年も経って。弥生とこうやって再会して……けど、この前手が触れたとき、怖がられてるってわかって……すげーショックだった。いや、全部自業自得なんだけどさ」

 高遠くんが自虐的な笑みを浮かべる。


 そんな高遠くんの今までの苦しみを思うと、ぎゅっと胸が苦しくなる。


 わたしの方こそごめんね。

 あのとき、高遠くんのことを怖がって。