ところで実はわたし、こうして人間の言葉を使っていますけれど本当は猫語しかわからず、人間の言葉も主人がわたしに向かって話すものしか理解できないんです。だから2人が何を話していたのか、わたしにはわかりませんでした。
 わたしたち猫は、というか動物はみんなそうでしょうけど、人間の話す言葉をわたしたち特有の感覚で聞いていますの。いい人か、悪い人か、怒りっぽい人か、やさしい人なのか、受ける感覚でそれを大まかに知ります。ふつうはただそれだけなんですけど飼い主とか、わたしたちにとって一番親密な人の言葉は、もっともっと細やかに、‘感覚で聞く言葉’としてほぼ正確に聞くことができます。自動的に猫語の言葉に直して聞くんですけどね。ですから今こうして人間の言葉で皆様にお話しているのも本当はぜんぶ猫語なんです。それを人間の言葉に直してくれているのは…い、いや、書いてくれているのは、まあ、誰でしょうかね?神様かしら。いいえ、それはもちろんこの物語を書いてくれている方なのに違いありません。きっと猫好きの方なのでしょうね。[※著者注:その通りです。わたくしです。多谷昇太です。ニャーオ]
 で、話を戻しますけど、その隣の人は最後に何度も頭をさげては自分の部屋にもどって行きました。その後思い出したように主人はわたしへの餌を、キャットフードのサーモンを皿に盛ってくれて「遅くなったな、祇王。さあ食べな」と云ってくれたのですが、自分は柱に背をもたせて座り込んだままでなにも食べようとしません。その主人が心配でしたが現金な猫のこと、ンニャ、ンニャと喉を鳴らせては夢中になってわたし食べましたの。そんなわたしを見ながら主人は何かを考え込んでいる様子、食べながらでもとても心配です…。
 やがて何かを吹っ切ったように主人は立ち上がり、お椀に水を汲んでくるとそれをわたしの目の前に置きます。