わたしは猫です。名前は祇王(ぎおう)。わたしを飼っていた主人がつけてくださったの。どの捨て猫もそうでしょうが生まれはどこで母猫が誰だったかは覚えていません。生まれたばかりでまだ目も開かない子猫のころに、兄弟たちとダンボールの箱に入れられてニャアニャアと泣いていた、それが覚えているただひとつの原体験です。とってもひもじくって寒かったの。なんでも田んぼのあぜ道の草むらに捨てられていたって、主人の膝の上で耳の中を指でくすぐられながら、何度も聞かされました。兄弟たちのうちで白地に薄茶色の模様が浮かび上がったわたしを気に入ってくれたそうです。その毛色といい、面立ちといい、どこか平安時代の白拍子を思わせるんだって、そうも云ってました。「ほら、これが白拍子だよ」って白拍子の絵も見せられたの。立て烏帽子をかぶって白地の水干(すいかん:狩衣に似た男性用衣服)に緋の長袴姿、そして腰に刀を差している女の人の絵。偉い人たちの前で優雅に舞ってみせて、歌も歌って聞かせるんですって。それで誰かに気に入られたら囲ってもらえたんだそうです。なんでも人間の王様で平清盛とかいう人がお抱えになった白拍子がいて、それが祇王という名前だったんだとか。「ということは祇王、おまえが猫でいちばんの美人ということだよ」などと顎の下を撫でられながら聞かされましたが、はたして本当にわたしがいちばんの美人猫かどうかは知りません。
【奈良・平安時代の白拍子】

【奈良・平安時代の白拍子】




