王都の別邸に戻ってきたセシリーナは、中庭の東屋に腰かけていた。もう日はとっぷりと暮れている。
火の村アグニスからの旅程を終え、休む間もなく国王陛下方への事情説明をおこなったからか体が鉛のように重かった。さすがに強行日程過ぎたのだろう。
『星を喰らう魔獣』との戦いはおそらく最終決戦となるだろう。旅行会社を立ち上げてからの踏ん張り時――なにか自分にしかできないことはないだろうか。
(軍務大臣が、最終決戦に挑む精鋭部隊を結成すると言っていた。その編成になにか協力できることはないかな)
近衛騎士や兵士だけでなく、各地域の腕自慢たちに声をかけられないだろうか。傭兵や冒険者などアウトローな人脈も必要だ。彼らは正統派の戦法だけでなく戦況に合わせて臨機応変に戦える。『星を喰らう魔獣』に挑むなら必ず彼らの力も必要なのだ。
(軍務大臣はきっと近衛騎士や兵士から人員を選出するだろうから、私は傭兵や冒険者たちから人を集められるといいんだけれど)
今こそ旅行会社で培ってきた経験を活かすときではないだろうか。
たとえば『【緊急募集!】解き明かされる世界の真実! 命を懸けた最終決戦に挑む勇者急募! ラストダンジョン攻略ツアー』とでも銘打って人を集ってはどうだろうか。ワールドツーリスト社の企画にできれば幅広く人を集められる。広告やチラシを見て名乗りを上げた猛者たちの中から選りすぐりの人員を選び、事情を説明して、それでも一緒に戦ってくれるという仲間を見つけられたらいい。文字通り命を懸けた決戦になる。並大抵ではない覚悟が必要だ。
セシリーナは膝の上で拳を握る。
(……そうだ、『星を喰らう魔獣』との決戦になったら命を落とす可能性もあるんだ)
前世は不慮の事故に遭って命を失った。悔しかった。前世でもまだまだやりたいことがたくさんあったから。そして現世に転生した。現世でもこの先やりたいことがある。だから今度こそ生き延びてやるのだ。『星を喰らう魔獣』などに負けてたまるか。
「――……ラストダンジョン攻略ツアーの件、明日みんなに相談してみよう」
そうと決まれば今日は休もう。
セシリーナが立ち上がろうとしたときだった。背後の草むらから土を踏みしめる音がする。誰かが呼びに来たのだろうか。夜も遅いからケルヴィンが迎えに来たのだろうか。
振り返ると、意外な人物がそこに立っていた。
「アベル? どうしたんですか? てっきりローレンス家のお屋敷に戻ったのかと」
「あ、いや、そうだったんだが、ちょっとまあ……」
「……?」
「おまえの顔が見たくて会いに来た……来ました」
「なんで敬語!」
思わず突っ込んでしまう。照れ隠しだった。彼があまりにも嬉しいことを言ってくれたから。
突っ立っているアベルにセシリーナは手招きする。
「会いに来てくれてありがとう。嬉しい」
「そ、そうか……。遅い時間に無理を言って申しわけない」
アベルはひたすらに恐縮していた。きっと勇気を出して会いに来てくれたのだろう。
セシリーナは彼をリードするようにして向かいの椅子を勧める。向き合って座ってしばらくは自分も彼もなにも話さなかった。一緒に同じ空間にいるだけで落ち着けたから。
やがてアベルがつと口を開いた。
「……あのさ、昼間言ったことのお礼を伝えたくてな」
「お礼?」
「ああ。謁見の間で『俺は聖騎士であるまえにアベルというひとりの人間なんだ』って言ったこと覚えているか?」
「もちろん。アベルが陛下の前で本音を語ってくれたから、竜王と共に戦うことを受け入れてもらえた。だから忘れるわけがないですよ」
謁見の間でのアベルの演説を思いだす。
彼が自分ひとりでは『星を喰らう魔獣』に勝てる自信はないと、だから仲間として竜王の力を借りたいと本音を言ってくれたからこそ上手くいったのだ。あのときの彼はとても格好よかった。真摯な姿勢が眩しかった。
アベルは頬を掻く。
「ああ、まあ、それもそうかもしれないんだが、俺が言いたかったのはそこじゃなくて」
「……?」
「『それを教えてくれたのは彼女でした』って言ったところなんだが」
「あ……」
急に顔が熱くなってくる。彼がとても恥ずかしそうに言ったから。
(アベルがお礼を伝えたいって言ってたのはそのことだったんだ)
自分としてはそのときに思ったことを言っただけで、お礼を言われるようなことはなにもなかった。自分はずっと、聖騎士の使命に誠実に向き合っている彼を見てきた。彼がとてもつらい思いをしていたことも。それを何度も何度も乗り越えてきたことも。それは決して彼が聖騎士だからじゃない、彼だからこそできたことなのだ。自分は当たり前のことを言っただけ。
セシリーナはアベルを見つめる。
「私、ずっとアベルのことをそばで見てきたから。だから、本当に思ったことを言っただけなんです。あなたらしい聖騎士になってほしかったから」
「俺らしい……。そうだよな、おまえはいつだって俺を聖騎士としてじゃなく俺自身として見てくれていたんだよな」
「それは、うん、だってアベルは大切な友だちだから」
「友だち……」
アベルがぼそりと呟く。掠れた声。緊迫した空気がふたりの間に流れる。
自分たちの関係が、今から一歩進む気がして――。
火の村アグニスからの旅程を終え、休む間もなく国王陛下方への事情説明をおこなったからか体が鉛のように重かった。さすがに強行日程過ぎたのだろう。
『星を喰らう魔獣』との戦いはおそらく最終決戦となるだろう。旅行会社を立ち上げてからの踏ん張り時――なにか自分にしかできないことはないだろうか。
(軍務大臣が、最終決戦に挑む精鋭部隊を結成すると言っていた。その編成になにか協力できることはないかな)
近衛騎士や兵士だけでなく、各地域の腕自慢たちに声をかけられないだろうか。傭兵や冒険者などアウトローな人脈も必要だ。彼らは正統派の戦法だけでなく戦況に合わせて臨機応変に戦える。『星を喰らう魔獣』に挑むなら必ず彼らの力も必要なのだ。
(軍務大臣はきっと近衛騎士や兵士から人員を選出するだろうから、私は傭兵や冒険者たちから人を集められるといいんだけれど)
今こそ旅行会社で培ってきた経験を活かすときではないだろうか。
たとえば『【緊急募集!】解き明かされる世界の真実! 命を懸けた最終決戦に挑む勇者急募! ラストダンジョン攻略ツアー』とでも銘打って人を集ってはどうだろうか。ワールドツーリスト社の企画にできれば幅広く人を集められる。広告やチラシを見て名乗りを上げた猛者たちの中から選りすぐりの人員を選び、事情を説明して、それでも一緒に戦ってくれるという仲間を見つけられたらいい。文字通り命を懸けた決戦になる。並大抵ではない覚悟が必要だ。
セシリーナは膝の上で拳を握る。
(……そうだ、『星を喰らう魔獣』との決戦になったら命を落とす可能性もあるんだ)
前世は不慮の事故に遭って命を失った。悔しかった。前世でもまだまだやりたいことがたくさんあったから。そして現世に転生した。現世でもこの先やりたいことがある。だから今度こそ生き延びてやるのだ。『星を喰らう魔獣』などに負けてたまるか。
「――……ラストダンジョン攻略ツアーの件、明日みんなに相談してみよう」
そうと決まれば今日は休もう。
セシリーナが立ち上がろうとしたときだった。背後の草むらから土を踏みしめる音がする。誰かが呼びに来たのだろうか。夜も遅いからケルヴィンが迎えに来たのだろうか。
振り返ると、意外な人物がそこに立っていた。
「アベル? どうしたんですか? てっきりローレンス家のお屋敷に戻ったのかと」
「あ、いや、そうだったんだが、ちょっとまあ……」
「……?」
「おまえの顔が見たくて会いに来た……来ました」
「なんで敬語!」
思わず突っ込んでしまう。照れ隠しだった。彼があまりにも嬉しいことを言ってくれたから。
突っ立っているアベルにセシリーナは手招きする。
「会いに来てくれてありがとう。嬉しい」
「そ、そうか……。遅い時間に無理を言って申しわけない」
アベルはひたすらに恐縮していた。きっと勇気を出して会いに来てくれたのだろう。
セシリーナは彼をリードするようにして向かいの椅子を勧める。向き合って座ってしばらくは自分も彼もなにも話さなかった。一緒に同じ空間にいるだけで落ち着けたから。
やがてアベルがつと口を開いた。
「……あのさ、昼間言ったことのお礼を伝えたくてな」
「お礼?」
「ああ。謁見の間で『俺は聖騎士であるまえにアベルというひとりの人間なんだ』って言ったこと覚えているか?」
「もちろん。アベルが陛下の前で本音を語ってくれたから、竜王と共に戦うことを受け入れてもらえた。だから忘れるわけがないですよ」
謁見の間でのアベルの演説を思いだす。
彼が自分ひとりでは『星を喰らう魔獣』に勝てる自信はないと、だから仲間として竜王の力を借りたいと本音を言ってくれたからこそ上手くいったのだ。あのときの彼はとても格好よかった。真摯な姿勢が眩しかった。
アベルは頬を掻く。
「ああ、まあ、それもそうかもしれないんだが、俺が言いたかったのはそこじゃなくて」
「……?」
「『それを教えてくれたのは彼女でした』って言ったところなんだが」
「あ……」
急に顔が熱くなってくる。彼がとても恥ずかしそうに言ったから。
(アベルがお礼を伝えたいって言ってたのはそのことだったんだ)
自分としてはそのときに思ったことを言っただけで、お礼を言われるようなことはなにもなかった。自分はずっと、聖騎士の使命に誠実に向き合っている彼を見てきた。彼がとてもつらい思いをしていたことも。それを何度も何度も乗り越えてきたことも。それは決して彼が聖騎士だからじゃない、彼だからこそできたことなのだ。自分は当たり前のことを言っただけ。
セシリーナはアベルを見つめる。
「私、ずっとアベルのことをそばで見てきたから。だから、本当に思ったことを言っただけなんです。あなたらしい聖騎士になってほしかったから」
「俺らしい……。そうだよな、おまえはいつだって俺を聖騎士としてじゃなく俺自身として見てくれていたんだよな」
「それは、うん、だってアベルは大切な友だちだから」
「友だち……」
アベルがぼそりと呟く。掠れた声。緊迫した空気がふたりの間に流れる。
自分たちの関係が、今から一歩進む気がして――。

