【書籍化】聖騎士様と始める異世界旅行事業 ~旅行会社の会社員でしたが異世界に転生したので起業します~

 ワールドツーリスト社主催『南国地方周遊ツアー ~古の伝統文化の村と火山への旅~』。そう題された新企画は、セシリーナの予想通り評判上々だった。なにせ特段の用事がなければ一生足を踏み入れることのない地域だ。商人から料理人から、果ては騎士や傭兵や冒険者と言った我こそはという職業の者たちが参加希望を出してくれた。
 できれば希望者全員にツアーに参加してほしかった。けれども当該ツアーは観光だけでなくダンジョン攻略もある。そのため添乗員がフォローできる人数に絞る必要があった。そのため泣く泣く抽選となり、その結果十五名の参加が最終決定した。

 そうして迎えた南国地方周遊ツアー初日――。
 セシリーナたちは、火の村アグニスへと向かう幌馬車に揺られていた。これから数日をかけて辺り一面草原地帯の広がる中央大陸を越える。そうするといよいよ南国地方へと差し掛かる。その瞬間の景色を楽しみにしながら参加者たちと幾日か昼夜を過ごした。
 そうしてだんだんと南国へ近づいていき、いよいよ周囲の景色がひび割れた乾いた大地に椰子の木の生える南国の風景へと様変わりし始めた。幌馬車の屋根には帆布が張ってある。けれども太陽の強い日差しによってじりじりと車内の温度が上がっていった。暑いけれども、これがまた自分たちが南に観光にやって来たのだということを実感させる。これから何が待ち受けているのかと浮き浮きして仕方ない。これが行ったことのない場所に行く旅の醍醐味なのだ。

 気温の上がっている幌馬車の車内。セシリーナの隣に腰かけていたユリアが扇子でパタパタと仰ぐ。

「は、半端なく暑いですわね……!」
「本当、王都にいたら一生知らなかったかもしれない暑さだよね」
「セシィ、喉が渇いたら遠慮なく言ってくださいませね。飲み水を持ってきておりますので」

 ユリアが「すぐに喉がカラカラになりますわ」と嘆いている。じつは今回のツアー、ユリアも参加してくれているのだ。侯爵令嬢である彼女がなぜ観光旅行に参加しているのか――それは一重に彼女の行動力ゆえである。是が非でも観光旅行に行ってみたいと父親である侯爵を説得したのだ。侯爵も愛娘の我がままには弱いのかもしれない。条件として、侯爵家の老執事がお目付け役として同行している。
 セシリーナにとっても、彼女が参加してくれるのは嬉しかった。同世代の友だちとわいわい旅行しているようで楽しいのだ。旅の道中、他愛のないおしゃべりをしたり、持ち寄ったお菓子を交換して感想を言い合ったり――今までのツアーとはまた違った時間があった。
 幌馬車を先導する形で馬にまたがっていたアベルが振り返る。

「セシィ、もう少しでオアシスの町に到着するから、そこでいったん休憩にしようぜ」
「オアシス……! いよいよ中間地点に到着ですね」
「ああ。だいぶ暑くなってきたからな。水と飼い葉をやらねぇと馬がまいっちまう」

 この炎天下の下、馬たちは騎手や馬車を乗せたり引いたりしているのだ。相当消耗しているだろう。馬もまた旅の仲間、大切にしなければ。
 自分の知るオアシスと言えば、きらきらと輝く美しい湖、湖畔に生えている風に揺れる椰子の木、木製のオープンエアーの家屋に、そこで出される採れたての果実の冷たいジュースといった具合だ。本や雑誌でしか見たことのない町に行けるとあって、セシリーナはついついはしゃいでしまった。



 ほどなくして一行はオアシスに到着した。セシリーナの妄想通り、町は目一杯に広がる湖の青で埋め尽くされている。きらきらと眩い光を絶え間なく発する湖面。セシリーナは言葉も忘れて湖岸に佇んだ。

「すごい、綺麗……!」
「ええ、本当に! やはり思いきって観光に来てよかったですわ!」

 湖を見つめるユリアの瞳が潤んでいる。彼女に喜んでもらえてよかった。旅行を主催した甲斐があったというものだ。
 ケルヴィンが参加者たちの点呼を取る。

「――全員、問題なくいらっしゃいますね。それでは今から休憩時間といたしましょう」
「了解。馬の手入れに慣れている者がいたら手伝ってくれ。馬の身体を拭いてやりたいからな」

 アベルの声掛けに、何人かの騎士や冒険者、傭兵たちが名乗りを上げる。皆、馬の扱いに長けていて心強い。そちらはアベルたちに任せて良さそうだった。厩舎に向かう彼らを見送っていると、ユリアがセシリーナの肩を叩く。

「セシィ、わたくしたちは湖畔の木陰で時間まで休ませていただくことにいたしましょう」
「そうだね。私たちが体調を崩すと結果的にアベルたちに迷惑をかけちゃうし」
「殿方は体力がおありですものね。わたくしたちは、少し休憩させていただいたら備品の買い足しをお手伝いさせていただきしょう」
「うん。それじゃあ私、さっき出店に売っていた冷たいバナナジュースを二つ買ってきますね!」

 さきほど、この町の名物とばかりに果物のフレッシュジュースの看板が出ていたのだ。旅の記念にぜひとも飲んでおきたかった。
 ユリアに手を振ってその場を離れると、セシリーナはお目当ての出店の前までやって来る。バナナジュースは、採れたてのバナナに樹液を煮詰めたシロップを入れ、そこにミルクを加えているようだった。砕いた氷を入れて冷たくしてあるらしい。王都では見かけないものだ。なんとも美味しそうである。
 出店の恰幅の良いおばさんが破顔した。

「おやおや、可愛らしいお客さんだこと! 例の観光客かい?」
「え、観光事業のこと、ご存知なのですか!?」
「もちろんさ! 有名な話だよ。あたしも機会があれば参加してみたいくらいだよ」

 おばさんは気の良い笑顔を向けてくれる。観光事業の噂が南国まで普及している――その事実が嬉しかった。セシリーナはほくほくとした気持ちで、バナナジュースを二つ買ってユリアの元に戻った。