聖騎士様と始める異世界旅行事業 ~旅行会社の会社員でしたが異世界に転生したので起業します~

「なるほど、ウンディーネの精霊石か」

 シュミット伯爵が考え込む。セシリーナとアベルは、これまでの経緯を伯爵に説明し終えたところだった。セシリーナは精霊石の入った小箱を取り出してローテーブルの上に置く。長椅子を挟んで向かい側に座る伯爵が小箱を覗き込んだ。セシリーナが箱の蓋をそっと開くと、中から大振りの青い宝石が姿を現した。光を放つ精霊石に伯爵が感嘆の息を吐きだす。

「見事な宝石だな」
「はい。武器屋の先代の主人がウンディーネより賜った物だそうです」
「ふむ。水の洞窟にウンディーネがいるのは間違いなさそうだな」

 セシリーナは伯爵に武器屋の親父から聞いた精霊石のエピソードを伝える。
 伯爵は納得したふうに頷いた。

「ウンディーネの存在が確認されているのなら、ダンジョン攻略ツアーの目的地は水の洞窟にするべきだろうな」
「彼女のことは必ず俺が守ります。ですからどうか安心してください」
「うむ。信頼しているよ、アベルハルト」
「な、なんか恥ずかしいんですけど……」

 父親の目の前で彼に『絶対守る!』などと宣言してもらったからだろうか。どうにも気恥ずかしくなってしまう。いたたまれない。
 はっとしたアベルが弁明する。

「申し訳ございません……! 伯爵の大切なお嬢様を私が必ず守るなどと出過ぎたことを」
「いやいや。他ならないアベルハルトに娘を大切にしてもらえて光栄だ。危なっかしいところのある娘だが、これからもよろしく頼むよ」
「承知いたしました。彼女のことは私にお任せください」



 自分の屋敷に帰宅するアベルを見送ってから、セシリーナは伯爵に呼ばれて親族の団欒室に待機していた。なにやらアベルのいないところで自分に話があるらしい。団欒室はシュミット家に所縁のある者が集まって雑談するために設けられた部屋だ。調度品は応接室のように煌びやかではなく、落ち着いた色味のシンプルな物で取り揃えてある。
 セシリーナは一人掛けの座椅子に腰かけていた。

「……お父様、なんのお話があるのかな」
「待たせたね、セシリーナ」

 シュミット伯爵が部屋に入って来る。
 セシリーナは立ち上がった。

「お父様、お待ちしておりました」
「わざわざ時間をとらせてすまなかったね。この機会におまえとアベルハルトの関係について聞いておきたくてね」
「え?」

 ――アベルとの関係について?
 セシリーナは予想もしていなかった質問に目を丸くする。

「あの、お父様。それはどういう……?」
「深い意味はないんだ。さきほどはずいぶんとアベルハルトと仲が良さそうだったからね」
「それは、ええと、彼とは幼馴染ですから」
「そうだね。おまえもそろそろ良い年頃だ。婚約を考えてもいい年齢だろう」
「はい……」
「それで、アベルハルトとお付き合いをしているのか聞いておきたくてね」

 セシリーナは首を横に振った。たしかに彼は自分の憧れの人だ。けれども自分と彼では釣り合わないのだ。彼は子爵の爵位を持つ聖騎士。いずれは騎士爵の爵位を賜るのだろう。それに対して自分は辺境の伯爵家の娘。王族との婚姻さえあり得るアベルとは身分違いなのだ。

「正直、彼のことはとても素敵な人だと思っております。憧れているのだと思います」
「そうか。それなら――」
「けれど、彼は聖騎士です。とても私の手の届く殿方ではないのです」
「…………」

 苦笑いだろうか。泣き笑いだろうか。きっと自分はそのような表情を浮かべていたのだろう。
 シュミット伯爵が気遣うようにこちらを見る。

「セシリーナ、謙遜することはない。おまえが是とするなら、私はローランド騎士爵に縁談の話を持ちかけることもやぶさかではない」
「いいえ。お父様のお気持ちはありがたいです。けれど、縁談のことも大事かと思うのですが、私はまずは仕事に注力したいんです」

 今は旅行会社を軌道に乗せていくことを考えるべきだろう。やってみたいこと、やらなければならないことは山積みだ。竜王を退けてこの中央大陸を守ること――それが今の自分が最もやりたいことなのだから。