聖騎士様と始める異世界旅行事業 ~旅行会社の会社員でしたが異世界に転生したので起業します~

 商談を終えてオルフェ侯爵家へ帰還したセシリーナたち。ステッカーのデザインは業務委託という形でユリアに一任することとなった。そろそろ時刻も夕暮れ時。今日のところは解散となった。
 セシリーナはいつも持ち歩いている革鞄を片手に侯爵家を後にする。一仕事を終えた一日の終わりは清々しかった。

(……夕方の王都の街並みも綺麗だなぁ)

 中央広場に差し掛かったセシリーナは夕空を見上げる。空は茜色と紫色の雲が入り混じっている。もうすぐ夜が来ることを感じさせた。広場は多くの人々が行き交っている。食材を片手に露店の店主と談笑している婦人たち。その周りを駆け回る子どもたち。軒先から漂う煮炊きの香ばしい匂い――。日常の幸せが満ち溢れていた。この光景を竜王に蹂躙されるわけにはいかない。中央大陸を狙う竜王にも並々ならぬ事情があるのかもしれない。そうだとしてもそれが他人の幸せを奪っていい理由にはならないのだ。

「……あれ、セシィ?」
「え?」

 呼ばれて振り返る。近衛騎士の一団がこちらに向かって歩いてきていた。巡回の帰りなのかもしれない。その一団の中にいる一際目立つ金髪の美丈夫――アベルが手を振っている。

「アベル! おつかれさまです」
「おー。おまえも仕事帰りか?」
「うん。商談がひとつまとまりそうなんです」
「それはよかったな!」

 アベルがセシリーナの頭をわしわしと撫でる。
 小さい頃から癖になっている仕草。彼への淡い気持ちを意識し始めているからだろうか。普段なら嬉しいはずなのに今は恥ずかしくなってしまう。
 自分たちのやりとりを他の近衛騎士の皆が微笑ましく見つめている。

「……ああ、あのご令嬢が例の……」
「そうそう。シュミット伯爵家のご令嬢」
「ああ、あの娘がアベルの大本命の幼馴染――……って痛!?」

 アベルが勢いよく近衛騎士のひとりの口を塞いだ。だ、大本命……?

「ばっか! おまえ、セシィの前でそういうことを口走るんじゃねぇ!」
「はあ!? アベルおまえまさか、まだ彼女にアプローチしてないのかよ?」
「こんな可愛らしくて頑張り屋さんのお嬢さん、うかうかしてるとすぐ誰かにかっさらわれちまうぞ」
「なんなら俺が今ここで名乗りを上げても――」
(あ、あ、あ、なんだか大変な騒ぎに……!)

 収集がつかなくなっている。アベルはそう判断したのか、我慢の限界を超えたとばかりに空の向かって吠えた。

「う、うるせぇえええ! おまえらちょっとこいつと二人きりにさせてくれ!」



(あ、嵐のような人たちだったな……)

 近衛騎士の皆が「ごゆっくりー」とばかりに去って行き、セシリーナとアベルはふたりだけその場に残されていた。
 びっくりするほど賑やかな人たちだった。けれど、アベルを含めた近衛騎士の皆の仲の良さが伝わって来て微笑ましかった。聖騎士の称号を持つアベルは同僚から疎まれることもあると言っていたから。近衛騎士の職に就けるのはほとんどが貴族や騎士の子息だ。一部からやっかみを受けることもあるのかもしれない。けれども彼を受け入れてくれる仲間もいるとわかってほっとした。
 アベルが軽く咳払いをする。

「騒がしくして悪かった。どうにも賑やかな連中ばかりで」
「ううん。アベルが楽しそうでよかった」
「そうか……」

 さきほどの話題もあってか、なんだかふたりだけでいるとお互いに気恥ずかしくなってしまう。
 なにか、なにか違う話題を探さないと……。
 セシリーナはあれこれと頭をこねくり回す。先に口を開いたのはアベルだった。

「……それで、あー、セシィ。これから少し時間あるか?」
「え?」
「あ、いや。全然無理にとは、言わないんだが」
(アベル、なにか私に用事でもあるのかな?)

 普段は忙しい彼と一緒にいられるならこんなにも嬉しいことはない。
 セシリーナは二つ返事で頷く。

「大丈夫です。今日はもう仕事もないし、家に帰るだけだったから」
「そうか! よかったら今からおまえの装備品を見に行かないか?」
「装備品?」
「ああ。武器と防具屋に行くんだよ。俺の行きつけの店があるんだ。これからダンジョン攻略ツアーに挑むんなら装備を整えておくに越したことはないだろ?」

 アベルの言うとおりだった。
 ダンジョンでは魔獣と鉢合わせすることもある。戦闘になることもあり得るだろう。そのときに武器や防具を新調しておかなければ余計な怪我を負ってしまうかもしれない。特に自分はアベルたちと違って魔獣との交戦に慣れていない。皆の足を引っ張らないためにもやれることはやっておかないとだ。
 アベルが得意げに鼻を鳴らす。

「俺、装備品の見立てには自信があるんだ。おまえの役に立てると思うぜ」
「ありがとう! 聖騎士様直々に装備を見立ててもらえるなんて光栄です」
「おう。任せとけ」

 アベルとふたりで笑い合う。これをデートと呼んでいいのかはわからないけれど――彼とふたりで出かけられると思うとセシリーナは胸が弾んだ。