聖騎士様と始める異世界旅行事業 ~旅行会社の会社員でしたが異世界に転生したので起業します~

 普段のクールな彼からは想像もつかないほどの切実な表情。セシリーナはたじろいだ。

 自分はケルヴィンにそんなにも心配をかけていたんだろうか。
 彼がもっと自分を頼ってほしいと思ってしまうほどに……?

 セシリーナは姿勢を正して彼に頭を下げた。

「あの、心配をかけてしまっていたのならごめんなさい……! 私、どこか独りよがりになっていたのかもしれない」
「お嬢様……」
「でも誤解しないでほしいのは、ケルヴィンやみんなのことを信頼していないとかそういうことじゃないんです。むしろ、私に力を貸してもらうのはもったいないくらいの人たちだと思っていて、逆に私の私情に巻き込んで申しわけないくらいで……」

 事実、一介の伯爵令嬢でしかない自分には過ぎた身分の人たちなのだ。聖騎士のアベルや次期教皇候補である筆頭神官のヒースはもちろんのこと、大きな商家の嫡男であるケルヴィンに執事として傍についてもらっていることだって……。自分にとっては、そんな不釣り合いな人たちが自分などを信じて力を貸してくれているということもまたプレッシャーになっているのかもしれない。贅沢な悩みだけれど。
 彼らの期待に応えなければ、彼らの信頼に応えなければと気負ってしまうのだ。

(……うーん、そう考えると私、ひとりで責任を感じて空回りしているだけなのかも)

 ケルヴィンたちは全然そんなことを思っていないのに、自分が勝手に負い目を感じているだけなのだ。
 ケルヴィンは少し考えてから、つと口を開く。

「……お嬢様、少し昔話をしてもよろしいですか?」
「え? どうしたの、突然……」
「この機会にお嬢様にお聞きいただきたい話があるのです。なぜ私がお嬢様の執事を務めようと思ったのか。今までお伝えしたことがなかったなと思い立ちまして」
「そういえば、聞いたことなかったかも」

 彼は幼少期の頃からシュミット伯爵家に出入りしていて、気づいたときには執事見習いとして屋敷で働いていた。だから、なぜ彼が執事に志願したのかそのきっかけは聞いたことがなかった。
 ケルヴィンは当時を思いだすように目を閉じる。

「……どこからお話ししましょうか。そうですね、お嬢様と私が初めて出会ったときからお話しするとわかりやすいでしょうか。きっと貴方は覚えていないでしょうから」
「う、たしかに覚えていないかも」

 ケルヴィンはいつの間にか一緒にいるのが普通になっていたから。
 ケルヴィンは小さく笑う。

「覚えていないのは無理もありませんよ。本当に、小さいころの他愛もない出来事でしたので。……あれはそうですね、私が王都の王立学園の初等科に通っていたときのことです。商家に生まれた私は、将来は父のような立派な商人になるために商学や経済学を学んでいたのですが――」

 ケルヴィンの静かな物言いが、夜も更けた部屋に心地よく響く。セシリーナはホットミルクを口にしながら彼の話に耳を傾けた――。



(※ケルヴィン視点)

 ――……あれは六歳くらいのころだったでしょうか。
 王立学園初等科の学生のひとりだった私は、王都で暮らす何の変哲もない子どもでした。
 学園に通っているのは貴族の子女や、騎士や商人といった名のある家の嫡子ばかりで、私も商家の息子としてそういった良家の子どもたちと肩を並べて勉学に励んでいたのです。そういった選民意識の強い子どもたちが集まると、やれ誰の家が上だの誰の家が下だのという諍いがあるもので、当時、私の生まれであるサージェント家は商人として一躍大成功して一代での成り上がりのイメージが強かったので、逆に没落気味の貴族たちの子どもからやっかみを受けていました。

『おまえは王立学園の学生にふさわしくない! もとは庶民の出だったくせに!』

 といった具合にいじめられることも多かったのです。
 当時の私は、どちらかというと引っ込み思案だったので、そういったいじめを受けても屈しはしませんでしたが、それでも学園のことが好きではありませんでした。なにもわざわざ学園で嫌な思いをしてまで商学や経済学を学ばなくとも、家庭教師をとればいいのではないかと思い始めていたんです。
 そんな折、お嬢様もご存知かと思うのですが、シュミット家の当時の執事を務めていた私の父の兄……伯父が、私と同じくらいの年頃だったお嬢様を連れて王都にあったサージェント家の屋敷に顔を出しに帰ってきたのです。商人として成功する前は、私の家はお嬢様もご存知の通り代々シュミット家にお仕えする執事を輩出する家系で、たまたま私の父が直近で行商で大成功をして商人として一躍有名になっただけで、伯父は先代と変わらずシュミット家の執事を務めておりましたので。

「あ、覚えてます覚えてます、じいやのことですよね!」

 セシリーナお嬢様が、私の話に懐かしそうに目を細める。
 私の伯父はお嬢様がお生まれになったころからお世話をさせていただいていたから、きっとお嬢様にとっては優しいおじいちゃんといった印象なのだろうと思う。私にとっては、礼儀や躾に厳しい教育者の伯父だったけれど。

「ええ、それで伯父のおかげで私は初めてお嬢様と対面したわけですが、お嬢様は天真爛漫な方で、初対面で人見知りをする私に構わず一緒に王都の町を観に行こうと遊びに誘うわけですよ。私は辟易しながらも、立場上、断れなくてですね……」

 苦笑いをする私に、向かい合わせで座っているお嬢様が渋い顔をする。ごめんなさい、とでも言いたげな顔だ。自分は、このように表情豊かなお嬢様の性格にとても好印象を持っていた。引っ込み思案で表情に乏しかった自分にはない面だったから。
 私はお嬢様にくすりと笑いかける。

「それでですね、お嬢様とふたりで町に出た私たちは、たしか中央広場に差しかかったあたりで、例の私をいじめていた王立学園の初等科の子どもたちに遭遇したのです。没落貴族の令息で、成績優秀とは言えませんでしたがこう言ってはなんですがプライドだけは高い方で、私だけではなくあろうことか辺境に領地を持つ辺境伯の令嬢であるお嬢様のことまで馬鹿にし始めましてね、さすがに私も頭にきて言い返そうとしたんですが――」

 そこで私は言葉を切ると、当時の光景が鮮明に頭をよぎって思わず吹き出してしまう。当時のお嬢様は、そこでその没落貴族の令息に反論と反撃をしてくださったのだけれど、その方法がまた傑作だったのだ。