(つ、疲れた……!)
シュミット伯爵家別邸で湯浴みを済ませたセシリーナは、親族の団欒室でくつろいでいた。屋敷にはケルヴィンと数人の侍従がいるだけだ。アベルとヒースはそれぞれの屋敷に帰宅して、関係者に今までの経過報告をしているとのことだった。旅行会社設立のこと、竜王復活のこと、竜王に捉われた聖女のこと――ふたりがそれぞれの家に伝えなければならないことは山のようにある。
「本当にいろいろなことがあったな……」
転生した人生がこんなに波乱万丈だとは。幸運なことに頼りになる仲間に恵まれて、途中に困難はあったけれどなんとか切り抜けられた。今までが順調だったぶん、不安も感じるのだ。
自分たちは本当に竜王に打ち勝つことができるんだろうか。
フィオナを助けることができるんだろうか。
(絶対に成功させなくちゃいけない。そう思うとプレッシャーも大きくなる)
絶対にやってやるぞという気概はある。けれども同時に責任感と重圧に押しつぶされそうでもある。強がっている部分もあるのかもしれない。
セシリーナは膝に置いた手を握りしめる。
「……自分や仲間の力を信じよう。失敗を恐れていたら足がすくんでしまう」
今は前に進むことだけを考えよう。
気持ちの整理がついたとき、団欒室の扉が遠慮がちにノックされた。
「……お嬢様、いらっしゃいますか。ホットミルクをお持ちいたしました」
「ケルヴィン! ありがとう」
まるでこちらが悩んでいたことを察したようなタイミングだ。さすがベテラン執事。
ケルヴィンはホットミルクの乗ったトレーを片手に入室してきた。長椅子に腰かけていたセシリーナに歩み寄り、カップをローテーブルに置く。
「ずいぶんおひとりでいらっしゃったようですね。なにか考え事でもございましたか?」
「……う、やっぱりケルヴィンにはお見通しかあ」
「それはそうでしょう。もう何年もお嬢様にお仕えしておりますから」
ケルヴィンはセシリーナの背中側に控える。話を聞いてくれるつもりなのだろう。
セシリーナは彼の優しさに甘えて、とつとつと口を開く。
「……実は、ちょっと不安になっていたんです、これからのこと」
「それは竜王のことですか? それとも旅行会社のことですか?」
「うーん、その両方かな。正直に言うと、今までは旅行会社をやりたいっていう勢いだけでやってきてしまったところがあったんです」
「初めは皆そうなのではありませんか? 物事を新しく始めるときは勢いも必要ですから」
「うん……。そんな折に竜王が復活したり旅行事業が国策になったりして、夢が叶っていくぶん責任も重くなって。これからしっかりやっていけるかなって不安になるんです」
ホットミルクを両手に抱えて項垂れる。ケルヴィンは黙って話を聞いてくれている。彼の優しさに促されてセシリーナは本音を吐露する。
「私、たくさんの人たちに応援してもらっているんだから、旅行事業で成果を出して絶対に竜王からこの中央大陸を守らなきゃ……って気負ってしまうんです」
「はい……」
「そう思うのと同時に、失敗は許されないんだって感じちゃって。私で上手くやっていけるかな、失敗したらどうしようって思っちゃって」
ふと気がつけば膝の上で握った拳が震えていた。自分で思っている以上に不安と緊張を感じているのかもしれない。自分の両肩にはたくさんの責任と重圧がかかっているって。
しばしの沈黙。ケルヴィンの反応を待っていると、背中から彼のはぁーっという深いため息が降ってきた――って、ため息つかれた!?
「お嬢様、いま『私なんかで』とおっしゃられましたか?」
「え? 言った、かもしれません……?」
「ええ、言いました。あのですねお嬢様、その言葉は貴方自身のみならず私やアベルたちへの侮辱でもあるんですよ」
「ぶ、ぶぶぶ、侮辱!?」
「ええ、侮辱です。月並みな言い方になってしまいますが、お嬢様はこれから先もひとりですべてを背負っていくとでもお思いなのですか?」
「うっ……」
ケルヴィンに言わんとしていることがなんとなくわかってくる。ケルヴィンが片眼鏡を押し上げた。
「私が言うまでもないでしょうが、貴方にはアベルもヒース様も、そして私もおります。みんな貴方の力になりたくて、もっと言えば貴方に頼っていただきたくて一緒にいるのです」
「は、はい……」
「その私たちの気持ちを考えず自分はひとりですべてを頑張らねばなどと思われては、私たち男の面目が立ちません。だから、さきほど貴方は私たちを侮辱していると申し上げたのです」
「ごめんなさい……」
ずけずけともっともなことを言われて、セシリーナは首をすぼめる。ケルヴィンの言うとおりだった。自分はなにも全部ひとりでやり遂げなくてもいい。仲間に頼れるところは頼っていいのだ。仲間をないがしろにしたら彼らに失礼になる。支え支えられてこその関係なのだから。
ケルヴィンは前に回ると、セシリーナの前に膝を突く。
「ですから貴方はもっと私たちを――いえ、どうか私を頼ってください」
シュミット伯爵家別邸で湯浴みを済ませたセシリーナは、親族の団欒室でくつろいでいた。屋敷にはケルヴィンと数人の侍従がいるだけだ。アベルとヒースはそれぞれの屋敷に帰宅して、関係者に今までの経過報告をしているとのことだった。旅行会社設立のこと、竜王復活のこと、竜王に捉われた聖女のこと――ふたりがそれぞれの家に伝えなければならないことは山のようにある。
「本当にいろいろなことがあったな……」
転生した人生がこんなに波乱万丈だとは。幸運なことに頼りになる仲間に恵まれて、途中に困難はあったけれどなんとか切り抜けられた。今までが順調だったぶん、不安も感じるのだ。
自分たちは本当に竜王に打ち勝つことができるんだろうか。
フィオナを助けることができるんだろうか。
(絶対に成功させなくちゃいけない。そう思うとプレッシャーも大きくなる)
絶対にやってやるぞという気概はある。けれども同時に責任感と重圧に押しつぶされそうでもある。強がっている部分もあるのかもしれない。
セシリーナは膝に置いた手を握りしめる。
「……自分や仲間の力を信じよう。失敗を恐れていたら足がすくんでしまう」
今は前に進むことだけを考えよう。
気持ちの整理がついたとき、団欒室の扉が遠慮がちにノックされた。
「……お嬢様、いらっしゃいますか。ホットミルクをお持ちいたしました」
「ケルヴィン! ありがとう」
まるでこちらが悩んでいたことを察したようなタイミングだ。さすがベテラン執事。
ケルヴィンはホットミルクの乗ったトレーを片手に入室してきた。長椅子に腰かけていたセシリーナに歩み寄り、カップをローテーブルに置く。
「ずいぶんおひとりでいらっしゃったようですね。なにか考え事でもございましたか?」
「……う、やっぱりケルヴィンにはお見通しかあ」
「それはそうでしょう。もう何年もお嬢様にお仕えしておりますから」
ケルヴィンはセシリーナの背中側に控える。話を聞いてくれるつもりなのだろう。
セシリーナは彼の優しさに甘えて、とつとつと口を開く。
「……実は、ちょっと不安になっていたんです、これからのこと」
「それは竜王のことですか? それとも旅行会社のことですか?」
「うーん、その両方かな。正直に言うと、今までは旅行会社をやりたいっていう勢いだけでやってきてしまったところがあったんです」
「初めは皆そうなのではありませんか? 物事を新しく始めるときは勢いも必要ですから」
「うん……。そんな折に竜王が復活したり旅行事業が国策になったりして、夢が叶っていくぶん責任も重くなって。これからしっかりやっていけるかなって不安になるんです」
ホットミルクを両手に抱えて項垂れる。ケルヴィンは黙って話を聞いてくれている。彼の優しさに促されてセシリーナは本音を吐露する。
「私、たくさんの人たちに応援してもらっているんだから、旅行事業で成果を出して絶対に竜王からこの中央大陸を守らなきゃ……って気負ってしまうんです」
「はい……」
「そう思うのと同時に、失敗は許されないんだって感じちゃって。私で上手くやっていけるかな、失敗したらどうしようって思っちゃって」
ふと気がつけば膝の上で握った拳が震えていた。自分で思っている以上に不安と緊張を感じているのかもしれない。自分の両肩にはたくさんの責任と重圧がかかっているって。
しばしの沈黙。ケルヴィンの反応を待っていると、背中から彼のはぁーっという深いため息が降ってきた――って、ため息つかれた!?
「お嬢様、いま『私なんかで』とおっしゃられましたか?」
「え? 言った、かもしれません……?」
「ええ、言いました。あのですねお嬢様、その言葉は貴方自身のみならず私やアベルたちへの侮辱でもあるんですよ」
「ぶ、ぶぶぶ、侮辱!?」
「ええ、侮辱です。月並みな言い方になってしまいますが、お嬢様はこれから先もひとりですべてを背負っていくとでもお思いなのですか?」
「うっ……」
ケルヴィンに言わんとしていることがなんとなくわかってくる。ケルヴィンが片眼鏡を押し上げた。
「私が言うまでもないでしょうが、貴方にはアベルもヒース様も、そして私もおります。みんな貴方の力になりたくて、もっと言えば貴方に頼っていただきたくて一緒にいるのです」
「は、はい……」
「その私たちの気持ちを考えず自分はひとりですべてを頑張らねばなどと思われては、私たち男の面目が立ちません。だから、さきほど貴方は私たちを侮辱していると申し上げたのです」
「ごめんなさい……」
ずけずけともっともなことを言われて、セシリーナは首をすぼめる。ケルヴィンの言うとおりだった。自分はなにも全部ひとりでやり遂げなくてもいい。仲間に頼れるところは頼っていいのだ。仲間をないがしろにしたら彼らに失礼になる。支え支えられてこその関係なのだから。
ケルヴィンは前に回ると、セシリーナの前に膝を突く。
「ですから貴方はもっと私たちを――いえ、どうか私を頼ってください」


