家に帰ってから、わたしはずっと考えていた。パラレルワールドに行くか、行かないか。
行ってみたい気持ちはある。だってそこに行けば、梨央が生きているかもしれないのだから。
でも、正直不安だ。もし梨央が生きている世界なんて無いとしたら? ……そう考えると逃げ出したくもなる。
だけど、早乙女くんの言う通り、わたしと早乙女くんの出会いは奇跡なんじゃないかとも思う。
もしかしたら神様がチャンスをくれたのかもしれない、なんて。
わたしは、運命に身を任せても良いのだろうか……。
『ニュースです。先日、パラレルワールドがあることがついに発覚されました』
突然のテレビニュースに、わたしは見入る。
そこに載っているのは、インタビューされている早乙女峰子さんと、早乙女健二さんという人だった。
もしかして、早乙女くんのお母さんとお父さん?
『早乙女さんご夫婦が発見されたということですが、パラレルワールドが本当にあるのは事実なんですか?』
『えぇ、事実です』
『すごいですね。長年問題だったことを発見できた、今の心情は?』
『果たしてこれが良いことなのか悪いことなのかは分かりません。ただ、”もしも“の世界は存在するということを、皆さんに知っていただけることが嬉しく思います』
ニュースを見ていた有紗が、おかしそうに噴き出していた。
「パラレルワールドなんて、嘘に決まってるじゃんね。証拠もないし。ね、お姉ちゃんもそう思うでしょ?」
「……わたしは、信じてるよ」
「えっ、嘘、本気で言ってんの? あはは、お姉ちゃんどうしたの? 壊れた?」
「パラレルワールドは、存在する。きっとどこかにある。わたしはそう思うけどな」
わたしはそのとき知った。自分のなかで、パラレルワールドを信じているわたしがいることを。
もう答えは決まっていた。ずっとずっと思っていた、梨央を助けたいって。もう一度会いたいって。
だから、行くしかない。
「ふーん、そう。パラレルワールドがあったらあたしも行ってみたいけどね」
「有紗も、行ってみたいの?」
「……決まってんじゃん」
一瞬、有紗の表情が曇った気がした。
だけどわたしは、見て見ぬふりをした。
「早乙女くん!」
学校へ行くと、わたしはすぐに早乙女くんに話しかけた。
「答えは見つかった?」
「うん。わたし、パラレルワールドに行きたい」
そう言うと、出会ったときと同じような笑みを早乙女くんは浮かべた。
やっぱり梨央にもう一度会いたい。そう思ったから。
「じゃあ、夏休みに入ったら、一緒に行こう。凪と、水川の幼馴染がいる世界に」
「うん……!」
「初日でいい? 集合は学校の校門で」
「うん、大丈夫」
予定を確認し、頷いた。
あと三日ほど。梨央に会えるまで、たった三日間頑張ればいい。
そう思うと、わたしは驚くほどひとりぼっちでも大丈夫だと思えてきた。
夏休みに突入した。
早乙女くんから「今日の九時集合」だとメッセージが来ていたので、わたしは起きてすぐ学校へ向かう準備をする。
「お母さん、今日ちょっと出かけてくるね」
「えー、夏休み初日なのに。課題は? あるでしょ?」
「あるけど、帰ってからやるから大丈夫」
「夕方には帰ってくるのよね?」
わたしは靴を履く手を止めた。
……“あっち”へ行ったら、わたしはもう、帰れないかもしれない。
もしかしたら、この世界とは今日でお別れになるかもしれないのだ。そこら辺は早乙女くんに聞いていないから定かではないけど。
この世界の家族やクラスメイトと離れ離れになることが、ちっとも寂しいと思わなかった。むしろ正々する。
「……うん。じゃあ行ってきます」
「行ってらっしゃい」
気持ちを切り替え、外に出た。
校門へ行くと、早乙女くんはもう来ていた。初めて見る私服姿に、わたしは少し驚いた。
ダメージジーンズに、紺色のTシャツ。夏が似合う早乙女くんにとても合っていたから。
「水川。何で立ち止まってるんだよ」
「えっ、ご、ごめん。お、おはよっ」
「……うん。何か今日の水川変じゃない? 緊張してる?」
「えっと……うん、緊張はしてるかな」
確かにパラレルワールドに行くことは緊張している。
だけどそれよりも今わたしは、早乙女くんのことをかっこいいと思っているのかもしれない……。
「まぁ、行くぞ。俺ん家すぐ近くだから」
「あ、そ、そっか。早乙女くんの家の地下室なんだっけ」
「そうだけど。……やっぱ嫌? 同級生の男の家行くのって」
「え!? ううん、そんなこと思ってないよ」
むしろ、少し気になるというか。男の子の家なんて足を踏み入れたこともないし。
早乙女くんは少しホッとしたように見えた。
「早乙女くんって、どうして引っ越してきたの?」
「親の影響。パラレルワールド装置を作るには、もっと田舎で広い家のほうが良いってことになって、仕方なくこの町に」
「田舎……しかも仕方なくって……。早乙女くんって本当、口悪いよね」
「それはあんたも一緒でしょ。いい子ちゃん笑顔振りまいてるくせに」
「わたしは……梨央になりたくて」
そう。わたしは、人気者の梨央のようになりたくて、自分を偽っている。
だから後輩や同級生、先輩からも“学年一位”として好かれてきた。だけど、友達は誰一人としていない。
わたしは梨央になりたかったのに、梨央のようにはなれない。
グッ、と涙を堪えた。
「ごめん。少し言い過ぎた」
「え……っ」
「そんな泣きそうな顔するなよ。ていうか絶対泣くなよ」
少し照れくさそうに、早乙女くんは言った。どうやらわたしに言ったことを反省しているみたいだ。
……それは、ずるくない?
「わたしこそ、ごめん……早乙女くんだって本当はこの町に来るの嫌だったんだもんね」
「でも今は別にそこまで後悔してない。俺と同じ境遇の奴に出会えたから。相性は悪いみたいだけどな」
「あはは、そうかな。わたしは逆に相性良いんじゃないかなーなんて、思って、たり……」
口にした瞬間、ハッと気がついた。これじゃあまるでわたしが早乙女くんのことを意識しているみたいな言い方だ。
慌てて訂正しよう。勘違いされたら困る。
「違うの! あ、あの、早乙女くんがいなかったらパラレルワールドが存在するってことすら知ることができなかったから!」
「分かってるよ。ここ俺ん家だから、上がって」
「え、あ、うん……」
そんなあっさりあしらわれると思っていなかったから、正直驚いてしまった。
でもわたしが早乙女くんを好きだなんて勘違いされなくて良かった。
そう思いながらわたしは早乙女くんの家に入った。そのとき早乙女くんの耳が赤く染まっていたような気がした。
「母さんと父さんは仕事でいないから、早速地下室行こう」
「え……いいの? 勝手にやっちゃって」
「水川のことはちゃんと話したから、平気だよ。装置の使い方も聞いたから安心して」
早乙女くんの言葉にホッと胸を撫でおろす。
……もう、パラレルワールドはすぐそこなんだ。
緊張しながらも、早乙女くんに続いて歩いて行き、地下室に足を踏み入れた。
すると目の前に、大きいカプセル型のような装置があった。それを見て息を呑んでしまう。
「もしかして、これがパラレルワールド装置……?」
「そういうこと。すごいよな、母さんたちはこれ作っちゃったんだから」
「うん、すごい……うわぁ……」
驚きと感動が止まらなかった。
現代にはこんなものが存在するなんて。まだまだ知らないことがいっぱいあるのだと思った。
「じゃあ、このカプセルに入って。俺が合図したら、中にある赤いボタンじゃなくて“青いボタン”を押して」
「え、ちょ、ちょっと待って。早乙女くんは一緒に行かないの?」
「見れば分かるでしょ、ひとり専用の装置なんだよ。俺は後からあっちの世界に行く。だから水川は先に行ってて」
「で、でも」
ひとりで行くだなんて、そんなの不安すぎる。早乙女くんが一緒だから行こうと思えたのに……。
躊躇していると、早乙女くんはわたしの背中を優しく押してくれた。
「水川なら大丈夫だって。あんたが行かないと、俺も行けないし。幼馴染に会いに行くんでしょ?」
「早乙女くん……そうだよね。梨央に会いたい。わたし、行ってくるよ」
「うん。行ってらっしゃい。あっちで会おう」
早乙女くんの言葉を胸に、わたしはカプセルの中に入り、扉を閉じた。扉は透明だから、外にいる早乙女くんの姿が見える。
大丈夫。早乙女くんの口が、そう動いた。
わたしは頷いて、青いボタンを押した。その瞬間、視界が真っ白になると同時に、梨央と過ごした数々の思い出が頭に蘇ったーー……。
行ってみたい気持ちはある。だってそこに行けば、梨央が生きているかもしれないのだから。
でも、正直不安だ。もし梨央が生きている世界なんて無いとしたら? ……そう考えると逃げ出したくもなる。
だけど、早乙女くんの言う通り、わたしと早乙女くんの出会いは奇跡なんじゃないかとも思う。
もしかしたら神様がチャンスをくれたのかもしれない、なんて。
わたしは、運命に身を任せても良いのだろうか……。
『ニュースです。先日、パラレルワールドがあることがついに発覚されました』
突然のテレビニュースに、わたしは見入る。
そこに載っているのは、インタビューされている早乙女峰子さんと、早乙女健二さんという人だった。
もしかして、早乙女くんのお母さんとお父さん?
『早乙女さんご夫婦が発見されたということですが、パラレルワールドが本当にあるのは事実なんですか?』
『えぇ、事実です』
『すごいですね。長年問題だったことを発見できた、今の心情は?』
『果たしてこれが良いことなのか悪いことなのかは分かりません。ただ、”もしも“の世界は存在するということを、皆さんに知っていただけることが嬉しく思います』
ニュースを見ていた有紗が、おかしそうに噴き出していた。
「パラレルワールドなんて、嘘に決まってるじゃんね。証拠もないし。ね、お姉ちゃんもそう思うでしょ?」
「……わたしは、信じてるよ」
「えっ、嘘、本気で言ってんの? あはは、お姉ちゃんどうしたの? 壊れた?」
「パラレルワールドは、存在する。きっとどこかにある。わたしはそう思うけどな」
わたしはそのとき知った。自分のなかで、パラレルワールドを信じているわたしがいることを。
もう答えは決まっていた。ずっとずっと思っていた、梨央を助けたいって。もう一度会いたいって。
だから、行くしかない。
「ふーん、そう。パラレルワールドがあったらあたしも行ってみたいけどね」
「有紗も、行ってみたいの?」
「……決まってんじゃん」
一瞬、有紗の表情が曇った気がした。
だけどわたしは、見て見ぬふりをした。
「早乙女くん!」
学校へ行くと、わたしはすぐに早乙女くんに話しかけた。
「答えは見つかった?」
「うん。わたし、パラレルワールドに行きたい」
そう言うと、出会ったときと同じような笑みを早乙女くんは浮かべた。
やっぱり梨央にもう一度会いたい。そう思ったから。
「じゃあ、夏休みに入ったら、一緒に行こう。凪と、水川の幼馴染がいる世界に」
「うん……!」
「初日でいい? 集合は学校の校門で」
「うん、大丈夫」
予定を確認し、頷いた。
あと三日ほど。梨央に会えるまで、たった三日間頑張ればいい。
そう思うと、わたしは驚くほどひとりぼっちでも大丈夫だと思えてきた。
夏休みに突入した。
早乙女くんから「今日の九時集合」だとメッセージが来ていたので、わたしは起きてすぐ学校へ向かう準備をする。
「お母さん、今日ちょっと出かけてくるね」
「えー、夏休み初日なのに。課題は? あるでしょ?」
「あるけど、帰ってからやるから大丈夫」
「夕方には帰ってくるのよね?」
わたしは靴を履く手を止めた。
……“あっち”へ行ったら、わたしはもう、帰れないかもしれない。
もしかしたら、この世界とは今日でお別れになるかもしれないのだ。そこら辺は早乙女くんに聞いていないから定かではないけど。
この世界の家族やクラスメイトと離れ離れになることが、ちっとも寂しいと思わなかった。むしろ正々する。
「……うん。じゃあ行ってきます」
「行ってらっしゃい」
気持ちを切り替え、外に出た。
校門へ行くと、早乙女くんはもう来ていた。初めて見る私服姿に、わたしは少し驚いた。
ダメージジーンズに、紺色のTシャツ。夏が似合う早乙女くんにとても合っていたから。
「水川。何で立ち止まってるんだよ」
「えっ、ご、ごめん。お、おはよっ」
「……うん。何か今日の水川変じゃない? 緊張してる?」
「えっと……うん、緊張はしてるかな」
確かにパラレルワールドに行くことは緊張している。
だけどそれよりも今わたしは、早乙女くんのことをかっこいいと思っているのかもしれない……。
「まぁ、行くぞ。俺ん家すぐ近くだから」
「あ、そ、そっか。早乙女くんの家の地下室なんだっけ」
「そうだけど。……やっぱ嫌? 同級生の男の家行くのって」
「え!? ううん、そんなこと思ってないよ」
むしろ、少し気になるというか。男の子の家なんて足を踏み入れたこともないし。
早乙女くんは少しホッとしたように見えた。
「早乙女くんって、どうして引っ越してきたの?」
「親の影響。パラレルワールド装置を作るには、もっと田舎で広い家のほうが良いってことになって、仕方なくこの町に」
「田舎……しかも仕方なくって……。早乙女くんって本当、口悪いよね」
「それはあんたも一緒でしょ。いい子ちゃん笑顔振りまいてるくせに」
「わたしは……梨央になりたくて」
そう。わたしは、人気者の梨央のようになりたくて、自分を偽っている。
だから後輩や同級生、先輩からも“学年一位”として好かれてきた。だけど、友達は誰一人としていない。
わたしは梨央になりたかったのに、梨央のようにはなれない。
グッ、と涙を堪えた。
「ごめん。少し言い過ぎた」
「え……っ」
「そんな泣きそうな顔するなよ。ていうか絶対泣くなよ」
少し照れくさそうに、早乙女くんは言った。どうやらわたしに言ったことを反省しているみたいだ。
……それは、ずるくない?
「わたしこそ、ごめん……早乙女くんだって本当はこの町に来るの嫌だったんだもんね」
「でも今は別にそこまで後悔してない。俺と同じ境遇の奴に出会えたから。相性は悪いみたいだけどな」
「あはは、そうかな。わたしは逆に相性良いんじゃないかなーなんて、思って、たり……」
口にした瞬間、ハッと気がついた。これじゃあまるでわたしが早乙女くんのことを意識しているみたいな言い方だ。
慌てて訂正しよう。勘違いされたら困る。
「違うの! あ、あの、早乙女くんがいなかったらパラレルワールドが存在するってことすら知ることができなかったから!」
「分かってるよ。ここ俺ん家だから、上がって」
「え、あ、うん……」
そんなあっさりあしらわれると思っていなかったから、正直驚いてしまった。
でもわたしが早乙女くんを好きだなんて勘違いされなくて良かった。
そう思いながらわたしは早乙女くんの家に入った。そのとき早乙女くんの耳が赤く染まっていたような気がした。
「母さんと父さんは仕事でいないから、早速地下室行こう」
「え……いいの? 勝手にやっちゃって」
「水川のことはちゃんと話したから、平気だよ。装置の使い方も聞いたから安心して」
早乙女くんの言葉にホッと胸を撫でおろす。
……もう、パラレルワールドはすぐそこなんだ。
緊張しながらも、早乙女くんに続いて歩いて行き、地下室に足を踏み入れた。
すると目の前に、大きいカプセル型のような装置があった。それを見て息を呑んでしまう。
「もしかして、これがパラレルワールド装置……?」
「そういうこと。すごいよな、母さんたちはこれ作っちゃったんだから」
「うん、すごい……うわぁ……」
驚きと感動が止まらなかった。
現代にはこんなものが存在するなんて。まだまだ知らないことがいっぱいあるのだと思った。
「じゃあ、このカプセルに入って。俺が合図したら、中にある赤いボタンじゃなくて“青いボタン”を押して」
「え、ちょ、ちょっと待って。早乙女くんは一緒に行かないの?」
「見れば分かるでしょ、ひとり専用の装置なんだよ。俺は後からあっちの世界に行く。だから水川は先に行ってて」
「で、でも」
ひとりで行くだなんて、そんなの不安すぎる。早乙女くんが一緒だから行こうと思えたのに……。
躊躇していると、早乙女くんはわたしの背中を優しく押してくれた。
「水川なら大丈夫だって。あんたが行かないと、俺も行けないし。幼馴染に会いに行くんでしょ?」
「早乙女くん……そうだよね。梨央に会いたい。わたし、行ってくるよ」
「うん。行ってらっしゃい。あっちで会おう」
早乙女くんの言葉を胸に、わたしはカプセルの中に入り、扉を閉じた。扉は透明だから、外にいる早乙女くんの姿が見える。
大丈夫。早乙女くんの口が、そう動いた。
わたしは頷いて、青いボタンを押した。その瞬間、視界が真っ白になると同時に、梨央と過ごした数々の思い出が頭に蘇ったーー……。



