広い世界で、あなたに出会って恋をした。

 翌日、あれから妹とは会話しないまま、学校へ行った。有紗と会うと、梨央のことを思い出すようになってしまったから。
 登校すると、もう早乙女くんは席に着いていた。誰とも話さず、スマートフォンをいじっている。

 「早乙女くん、おはよう。早いね」

 「んー」

 挨拶ないの? と軽くキレてしまいそうになった。
 だんだん分かってきた。この人は不思議なだけじゃなく、人をイラつかせる天才なのだと。

 「ねぇ、早乙女くん。昨日のことだけど」

 そう言うと、スマートフォンをいじっている早乙女くんの手がピタリと止まった。
 よし、この話題なら、耳を傾けてくれるみたい。

 「パラレルワールドって、いったいどういうーー」

 「ちょっと待て、ストップ。ここでそういう話しないだろ、普通」

 「じゃあ、どこならいいの?」

 「......あー、もう、分かったよ。ちょっとこっち来い」

 早乙女くんは面倒くさそうにしながらも、わたしを廊下の隅っこに連れてきた。
 ここは通る人が少ないからだろう。

 「なんか、あんたって他の奴らと喋るときと、俺に対する態度全く違くない?」

 「え、そうかな。別に態度変えてるつもりはないけど」

 「絶対そうだろ。だって昨日はあんなにいい子ちゃん笑顔振り撒いてたくせに、俺にはそんな笑顔見せないじゃん。ま、気持ち悪いからいいけど」

 「いい子ちゃん笑顔って……ちょっと、気持ち悪いってなによ! わたしは学年一位だから、嫌われないように笑顔でいなきゃいけないの! わたしだって、もうこんな狭い世界で生きていくのは疲れたんだからっ」

 あれ。わたし、いまなんて?
 『嫌われないように笑顔でいなきゃいけない』?
 それって、わたしは無意識のうちに笑顔を作っているということだ。
 ......早乙女くんの言う通りかもしれない。わたしはみんなへの態度と早乙女くんへの態度を変えている。

 「そっちのほうが喋りやすい。ま、俺も同じだから分かるんだよ。無理して自分を偽らなければいけないっていう気持ちがさ」

 「......なんか、うざい。あなたといると、どんどん最悪なわたしが出てくる」

 「それが本当の水川だよ。それに人間ってそういうもんだし。別にいいんじゃないの、あんたが良いなら自分を偽っても。それも過去のせいなんでしょ」

 ドキッ、とした。
 そっか。早乙女くんは心が読めるから、わたしの気持ちが全部分かるんだね......。
 昨日は半信半疑だったはずなのに、いつの間にかわたしは早乙女くんのことを信じきっていた。

 「んで、パラレルワールドのことだけど……水川はパラレルワールドが何かは知ってる?」

 「えっと、もう一つの世界、みたいな」

 パラレルワールドのことをよく知らないことに気がついた。少し恥ずかしい気持ちになる。

 「大きく言えばそういうこと。細かく言えば、その選択や出来事によって世界が分岐した、この世界とは違う世界のこと」

 「なるほど……すごいね、本当にそんな世界があるの?」

 「ある。だから俺は、その世界に行きたい」

 「……どうして? 早乙女くん、昨日もわたしのこと”俺と同じ“って言ってたよね。もしかして、早乙女くんも過去に人を失ってるの?」

 ーーわたしの想う梨央と、同じように。
 早乙女くんは静かに頷いた。

 「俺は……いや、俺も、幼馴染を亡くした。一つ年上で、名前は(なぎ)

 「え……」

 「死因は事故。俺が小学五年で、あいつが六年のときに亡くなった。赤信号なのに気づかず飛び出してトラックに轢かれそうになった俺を庇って、ね。俺のせいであいつは小学校を卒業できなかったんだよ」

 壮絶とした。言葉にならなかった。
 わたしと同じ幼馴染を事故で亡くしたことに衝撃を受けた。

 「わたしも……幼馴染を、亡くした。同い年の女の子で、梨央っていうの」

 「ん」

 「あれは、事故だったーーでも、わたしはまだ信じてない」

*

 梨央とわたしは、お母さん同士が古くからの友達だった。その影響を受けて、わたしたちも産まれたときから幼馴染になった。

 いつも明るくてしっかり者で、誰からも人気があって頼られる、優等生だった。わたしとは正反対の梨央が、わたしは羨ましかったけれど、幼馴染としての誇りだった。

 中学生になって、根暗なわたしは新しい友達ができなかった。
 だから梨央に着いていくばかりで、梨央を盾にするばかりで、わたしはとても弱かった。

 「大丈夫、愛音はわたしが守るからねっ」

 「愛音、帰宅部なの? じゃあわたしも帰宅部にする!」

 「愛音、聞いて聞いて!」

 ーー……あんなことが起こるなんて、思いもしなかった。

 二年前、中学一年生の七月。いつも通り学校に行こうとしたら。
 梨央が、部屋で倒れているとの連絡が入った。それだけじゃない、本棚の下敷きになっていると。

 わたしは学校なんか行かず、梨央の家へ駆けつけた。
 今でもあの光景を覚えている。救急車とパトカーが来ていて、近所中が大騒ぎだったこと。

 わたしが行ったときにはもう、梨央は息を引き取っていた。
 信じられなかった。あれは不慮の事故、そう警察が片付けた。

*

 「……でもね、わたし、まだ納得してないんだ」

 「だろうね。心にそう書いてある」

 わたしは早乙女くんの言葉に苦笑いした。

 「わたし……梨央に何もしてあげられなかった。梨央はわたしのことを何度も助けてくれて、支えてくれたのに。最後の最後まで。あんな最後を迎えたことに、ずっと後悔してる」

 「……そう思うのも無理はない。俺も、凪が死んだこといまだに信じられないから。あることを後悔してるんだ」

 「あること?」

 早乙女くんはこくりと頷く。

 「凪に、ある気持ちを伝えられなかったこと」

 「ある、気持ち……あ、あの、凪さんって女の子だよね?」

 「うん」 

 やっぱり。もしかして早乙女くんが凪さんに伝えたい気持ちというのは、告白なのかなーー。
 別にわたしは早乙女くんたちのことに関係ないのに、何故か胸がぎゅっと締め付けられた気がした。

 「俺の親、科学者なんだ。未来のこととかいろいろ実験したり調べたりしてる。それでつい最近、パラレルワールドが本当にあることが発覚したんだ」

 「すごいね。でもどうやって行けるの?」

 「俺ん家の地下室。親がパラレルワールドに行けるカプセルみたいなのを作ったんだ。世界には知られないようにしてるけどね。だから、水川。ふたりで一緒に行かないか、パラレルワールドに」

 一日考えてみて。
 そう言われて、わたしは首を縦に振った。