広い世界で、あなたに出会って恋をした。

 わたしは、担任の先生に“学年一位だから”という理由だけで、早乙女くんの学校案内を任されてしまった。
 別に早乙女くんはしなくて良いと言っていたのだけれど、わたしが担任の頼みを断るわけにもいかないため、放課後に半ば無理やり学校案内をした。

 「こっちが音楽室と理科室、で、あっちが二年生の教室。それであっちの校舎は高等部だよ」

 「んー」

 「ちょっと、もう、早乙女くん人の話聞いてるの?」

 この学校は、私立の中高一貫校だ。
 だから校舎が広くて、案内をするのに結構時間が掛かる。
 きっと早乙女くんも聞き飽きているのだろう。

 「聞いてるよ。ただ面倒だなーって」

 ……そんなの、わたしだって同じだ。
 本当は面倒くさい。何でわたしがやらなければいけないの、先生がやればいいのに、って思う。
 でもわたしが“学年一位”だから、やらなければいけない。

 「あんたも同じでしょ」

 「はっ?」

 「本当は面倒だって思ってるじゃん。何で自分がやらなければいけないのかって」

 「……どう、して」

 わたしの気持ちが分かるの。
 そう言おうとした瞬間、「水川先輩!?」という二年生の生徒からわたしの名前が聞こえてきた。
 わたしは急いで笑顔を向ける。

 「水川先輩、こんにちはっ」

 「先輩、どうして二年生の階に!?」

 「転校生の案内をしてたんだ。部活……だよね? 偉いね、頑張ってね」

 その女の子たちは、バスケ部のユニフォームを着ていた。
 そう声を掛けると、その子たちは嬉しそうに小さく叫び声を上げた。

 「ありがとうございます!」

 「転校生の案内なんて、先輩って勉強ができるだけじゃなくて本当に優しいんですねっ」

 「いやいや、そんなことないよ、ありがとう。またね」

 「はい!」

 わたしは早乙女くんを連れて、誰も来なそうな階段へ向かった。

 「あんた、後輩にも好かれてんだね。何で? 部活入ってるわけじゃないんでしょ?」

 「たぶん、わたしが三年間ずっと学年一位だから。テストがあるたびにわたしが一位なの。それを妹が言ったんだと思う」

 「へぇ、妹ね。妹とも上手くいってなさそうだね」

 「……なにそれ。聞きたかったんだけど、早乙女くんは何者なの? どうしてわたしの気持ちがいろいろ分かるの?」

 そう問いかけると、早乙女くんは真剣な眼差しでわたしの目を見つめた。
 その場が凍りつく。早乙女くんは口を開いた。

 「俺、人の心が読めるんだ。その人の経験や気持ちが分かる。水川はーー過去に大切な人を失ってて、そこから心の扉を閉ざしてるんだね」

 ……早乙女くんの言葉に、立ち眩んでしまいそうになった。

 「ほん、とうに?」

 「本当だよ。だって当たってるでしょ? 水川のこと」

 「それ、は」

 うんともすんとも言えないわたしのことを、早乙女くんは察したようだった。

 「びっくりしたよ。転校してきた学校の、しかも同じクラスで隣の席に、“俺と同じ”境遇の奴がいるなんて。まぁ男子のほうが良かったけど」

 「何それ、別にいいでしょ、わたしが女子でも。……って、俺と同じ境遇の奴って、どういう意味?」

 「そのままの意味。これで条件は揃った。俺も水川も、もうこんな思いをしなくて済むんだ」

 どういうこと。この人は何を言っているの。
 何だか嫌な予感というか、胸騒ぎがする。

 「行くぞ、一緒に。パラレルワールドに」

 早乙女くんはそう言って、わたしに手を差し出してきた。
 こんな嘘みたいな、ファンタジーの世界のような話だけど。
 わたしは運命に身を任せるように、気がついたら早乙女くんの手を握っていた。


 完全下校のチャイムが鳴ってしまい、わたしと早乙女くんは帰るしかなかった。
 早乙女くんは「詳しくは明日説明する」と言っていたので、質問したいことは山ほどあるため、連絡先を交換することになった。
 この学校は私立のため、自由にスマートフォンを持ってこられることがありがたい。

 「ただいま」

 「愛音、遅かったじゃない。部活に入ってる有紗より帰りが遅いなんて。どこかで道草食ってたんじゃないの?」

 「ごめん、お母さん。今日転校生が来たんだ。学年一位のわたしに案内をお願いしたいって担任の先生から頼まれちゃったの。連絡しなくて本当にごめん、次からは気をつけるね」

 そう言ってわたしは謝罪をすると同時に、会話を終わらせようとした。
 お母さんは”学年一位だから“という理由に納得したのか「それなら仕方ないわね。でも心配するから次からは連絡して」と言った。
 ……心配なんて、馬鹿馬鹿しい。お母さんはわたしを心配してるんじゃない。学年一位の座を取られないか不安なだけ。

 「お姉ちゃん、今日バスケ部の先輩と会ったんだって? 部活中嬉しそうに話してたよ」

 「あぁ……二年生の? そっか、有紗はバスケ部だから知り合いなんだね」

 「うん。璃奈(りな)先輩と小雪(こゆき)先輩って言うんだけど、璃奈先輩は一年に厳しいんだよね。三年生には媚び売ってるくせにさー。今日だってあたしたちが喋ってたら怒るくせに、璃奈先輩たちは練習中お姉ちゃんのこと話してたし!」

 バスケ部は上下関係が大変そうだ。
 今日話した感じそんなふうには見えなかったのに、後輩には厳しい指導をしているのだろう。

「気になってたんだけど、どうして私、後輩からよく話しかけられるのかな? 有紗が何か話してるの?」

 「いや別に、そんな言うほどお姉ちゃんの話はしてないよ。ずっと学年一位っていう称号を持ってるから有名なんだよ。水川先輩、っていつも言ってるし。いいなぁ、お姉ちゃんはそんな人気者で。今は悩みなんてないんでしょ?」

 「......今は、って?」

 「覚えてないの? ーー梨央(りお)ちゃんのことだよ」

 梨央。
 わたしの唯一の幼なじみで、いつも隣にいてくれた。
  ーー......二年前に事故死した。
 忘れるわけがない。忘れたことなんて一度もない。

 「梨央ちゃんに会いたいなー。しっかり者ですごく憧れだった。お姉ちゃんよりお姉ちゃんみたいだったもん、梨央ちゃん」

 「......う、ん」

 あれ、上手く口が回らない。
 梨央のことを思い出すと、息ができなくなる。胸の上らへんが苦しくなる。

 「梨央ちゃん、何で死んじゃったんだろ。あたし未だに信じられないよ。お姉ちゃんは今も人気者でチヤホヤされて、梨央ちゃんがいなくても平然としてるよねー」

 そんなことない、それは間違っている。
 わたしは梨央がいないから、こうなった。有紗たちから見えているわたしは、別人。偽っている、わたし。
 梨央がいないと、わたしはひとりぼっちなのに。

 「げっ。小雪先輩からメッセージ。大会近いから明日朝練だって、最悪。お姉ちゃんはいいよね、帰宅部だしー」

 「......頑張ってね」

 「まぁ来年には先輩たち引退だし、それまでの辛抱だよねー。はぁ、辛いことばっかで病みそう」

 病むなんて、そんなの簡単に言っていいことじゃない。
 本当に病みそうなのは、わたし。
 梨央がいなくなってから、わたしはーー毎日、死にたいと思っているのだから。