翌日、わたしはまた小雪ちゃん家に向かった。それは、パラレルワールドの装置の“赤いボタン”を押すためだ。
家を出る前、お母さんや有紗は背中を押してくれた。何も事情を話していないのに、わたしのことを素直に応援してくれるふたりに感謝しかない。
「おはよう、小雪ちゃん。日曜なのに連続で家に押しかけてきちゃってごめんね」
「愛音先輩、おはようございます。全然です! 早速行きますか? 地下室なんですけど……」
「うん、わたしは行けるよ」
「分かりました。じゃあ、行きましょう。階段があるので、足元気をつけてくださいね」
わたしたちは、どこまでも続いていく暗い階段を降りていった。
すると、目の前には早乙女くんの家と同じ装置があった。
「先輩、大丈夫ですか?」
「う、うん。だいじょ……うぶ」
そんな嘘、たぶん通じていない。足が震えているのが自分でも分かるもの。
だけど小雪ちゃんは何も言わずにわたしの手をぎゅっと握ってくれた。
「え、こ、小雪ちゃん?」
「すみません。でも、先輩に勇気づけたくて。すごく怖いと思うけど、きっと大丈夫です。早乙女先輩を救えるのは、愛音先輩しかいないから!」
「……そう、だね。うん、その通りだね。ありがとう、小雪ちゃん」
早乙女くんを救えるのは、わたししかいないんだ。わたしが、やるしかないんだ!
小雪ちゃんの言葉で、自信に満ち溢れてきた。
「着いていけなくて、本当にすみません。行きたいんですけど、この世界の愛音先輩が困ってしまうと思うから」
「全然大丈夫、むしろありがとう。この世界のわたしのこと、お願いね」
「任せてください。だから、愛音先輩は……行って」
「うん、行ってきます!」
「お気をつけて!」
わたしは装置の中に入り、深呼吸をする。
……大丈夫。怖いけど、不安になるけど、早乙女くんだって今同じ思いをしているかもしれないから。
勇気を出し、赤いボタンを押した。すると、真っ黒な闇に覆われるように、目まぐるしくなったーー。
「……ん」
目を開けると、そこは暗い闇の中にいた。どこを見渡しても、真っ暗だ。
……どこなの? ここ。
不気味で、何だか危ない雰囲気だということだけは確かだ。
「とりあえず……進んでみよう」
ひとりごとを言わないと、孤独な感じがして怖かった。
もう、何分歩いただろうか。ただひたすらに歩いていた。だけど何も景色は変わらず、ゴールは見えない。
このまま、わたしはもう終わりなのだろうか。そう思っていたときだった。
道中に、座り込んでいる男の人の姿があった。
「あ、あのっ! 大丈夫、ですか」
「え……」
思わず声を掛けると、その人は顔を上げた。
その顔はーー早乙女くんだった。
「っ、早乙女くん!?」
「水川さん? どうして」
さん付けということは……わたしのもといた世界の早乙女くんじゃない。
パラレルワールドの早乙女くんだ。
「あれ、この水川さん……もしかして、パラレルワールドからもとの世界に帰れた愛音さん?」
「え……ってことは、わたしがイラスト部に入ってるパラレルワールドの、早乙女くん?」
わたしがパラレルワールドからもとの世界に帰れなくなったとき、助け舟を出してくれた早乙女くんなんだ。
知ってる人だと分かった瞬間、これまでの不安感が一気に抜けた気がした。
「やっぱりそうなのか。でも、どうしてここにいるの? もしかして愛音さんも、ルールを破ったとか?」
「え? ルール?」
「え、違うの!? マジか、俺やらかしちゃったな」
「何、ルールって。やっぱり、わたしのいる世界の早乙女くんと、あなたが何か関係あるの? 教えて!」
早乙女くんーー悠くんは、はぁ、とため息を吐いた。
「ここまで来て何も教えないわけにはいかないよな」
「悠くん」
「教えてあげる。パラレルワールドの、ルールを」
わたしはごくりと唾を飲み込んだ。
「まず一つ目、一つの世界に同じ人が二人以上存在することはできない。二つ目、帰りたいと少しでも願ったらもとの世界に強制的に帰されてしまう。そして三つ目はーーパラレルワールドの世界の人物に、恋をしないこと」
目が点になった。
こ、恋?
「どうして、恋しちゃダメなの?」
「だって、そのせいでパラレルワールドから帰りたくないって思ってしまうかもしれないでしょ。そしたらいつまで経ってももとの世界に帰れない人がいる。それはルール上、いけないことなんだよ」
「そう、なんだ」
でも、待って。
悠くんはさっき、『愛音さんもルールを破ったとか?』と言った。
『も』ってことは、悠くんはもしかして。
「三つ目のルール、破ったの?」
「……そう、三つ目のルールを破った。でも正確に言うと、俺じゃないよ」
「じゃあ、まさかっ!」
「そう。あんたの世界の、早乙女悠」
……やっぱり、そうだったんだ。
どうして早乙女くんは、ルールを破ったの?
いろいろ頭の中で考えていたとき、ひとつ、確信的な出来事を思いついた。
「早乙女くん……パラレルワールドに行って、その世界の坂井先輩に恋しちゃった、んだよね?」
「坂井先輩って……凪のこと?」
「うん。だって早乙女くんは、坂井先輩のことが好きでしょ。それに悠くんだって、先輩が付き合ってるって言ってたよ。だから早乙女くんも……!」
きっと、パラレルワールドの坂井先輩に恋に落ちてしまった。
そう言おうとしたけれど、喉の奥に何かが引っかかってしまって、最後まで言えなかった。
息が、水の中にいるみたいに苦しい。早乙女くんに別に好きな人がいるって、分かっていたはずなのに。
「確かに、俺は凪と付き合ってるよ。でもあんた、馬鹿なんじゃないの?」
「は、ば、馬鹿って」
「分からないくせに、めっちゃ泣いてるし。かわいそ、その世界の俺」
「泣いてなんか」
うそだ。さすがにその嘘はバレるでしょ、わたし。
ゴシゴシと目を擦っても、涙が溢れて止まらなかった。
「じゃあ全部言わせてもらうけど。俺は、あんたの世界の俺に頼まれて、“代わりにここにいるんだ”」
「代わり……? じゃあ、早乙女くんは今どこにいるのっ」
「たぶん、俺の世界だね。あんたの世界の早乙女悠は、ここにいることになってるから。ずっと誰かを待ってるんだってさ」
「誰か、って……もういるじゃない。坂井先輩でしょ」
そんなの、分かってるのに。どうしてそんな意地悪な言い方をするの?
そう思っていると、悠くんはまた深いため息を吐いた。
「愛音さんって……本当に鈍感なんだね。びっくりするくらい」
「鈍感って、何よ。何が違うの?」
「俺とあんたの世界の早乙女悠は違うんだよ。まったく別人。だから好きになる人も違う。はい、これで分かる?」
「分かる、って……」
それ、早乙女くんも似たようなこと言ってた。
好きになる人も違う、って……早乙女くんが好きなのは、坂井先輩じゃないってこと?
でも待って。他に関わっている女の子はいないはず。転校する前の学校の子とか?
だけど確か、パラレルワールドの装置を開発したのは、ここ最近だったはず。ということは、他校の生徒ではない可能性が高い。
でも悠くんはさっき、早乙女くんがパラレルワールドでずっと誰かを待ってると言っていた。
……そんなの、思いつく人物が、ひとりしかいない。
パラレルワールドへ、最初に早乙女くんと行った人しか。
「わたし、なの?」
震える声で、悠くんに尋ねた。
「さぁな。続きは本人に聞いて」
「え……」
「ここをあとちょっと走れば、光の出口が見える。そこから早乙女悠がいる世界に行けるから」
「で、でも、悠くんは? あなたは、ずっと早乙女くんの代わりにここにいるの? こんな狭くて暗い中、ひとりで?」
わたしだったらそんなのーー耐えられないよ。
「俺は用が済んだら、もとの世界に戻れるはずだから。そのためにもあんたに行ってもらうしかないんだよ。さ、行った行った」
「はるか、くん……ありがとう。本当に、ありがとう!」
「頑張って」
わたしは頷き、教えてもらった方向に走った。
早乙女くんに、伝えたい! 好き、っていうありのままの気持ちを!
光の出口が見えた。わたしは、早乙女くんのことを考えながら、飛び込んだ。
家を出る前、お母さんや有紗は背中を押してくれた。何も事情を話していないのに、わたしのことを素直に応援してくれるふたりに感謝しかない。
「おはよう、小雪ちゃん。日曜なのに連続で家に押しかけてきちゃってごめんね」
「愛音先輩、おはようございます。全然です! 早速行きますか? 地下室なんですけど……」
「うん、わたしは行けるよ」
「分かりました。じゃあ、行きましょう。階段があるので、足元気をつけてくださいね」
わたしたちは、どこまでも続いていく暗い階段を降りていった。
すると、目の前には早乙女くんの家と同じ装置があった。
「先輩、大丈夫ですか?」
「う、うん。だいじょ……うぶ」
そんな嘘、たぶん通じていない。足が震えているのが自分でも分かるもの。
だけど小雪ちゃんは何も言わずにわたしの手をぎゅっと握ってくれた。
「え、こ、小雪ちゃん?」
「すみません。でも、先輩に勇気づけたくて。すごく怖いと思うけど、きっと大丈夫です。早乙女先輩を救えるのは、愛音先輩しかいないから!」
「……そう、だね。うん、その通りだね。ありがとう、小雪ちゃん」
早乙女くんを救えるのは、わたししかいないんだ。わたしが、やるしかないんだ!
小雪ちゃんの言葉で、自信に満ち溢れてきた。
「着いていけなくて、本当にすみません。行きたいんですけど、この世界の愛音先輩が困ってしまうと思うから」
「全然大丈夫、むしろありがとう。この世界のわたしのこと、お願いね」
「任せてください。だから、愛音先輩は……行って」
「うん、行ってきます!」
「お気をつけて!」
わたしは装置の中に入り、深呼吸をする。
……大丈夫。怖いけど、不安になるけど、早乙女くんだって今同じ思いをしているかもしれないから。
勇気を出し、赤いボタンを押した。すると、真っ黒な闇に覆われるように、目まぐるしくなったーー。
「……ん」
目を開けると、そこは暗い闇の中にいた。どこを見渡しても、真っ暗だ。
……どこなの? ここ。
不気味で、何だか危ない雰囲気だということだけは確かだ。
「とりあえず……進んでみよう」
ひとりごとを言わないと、孤独な感じがして怖かった。
もう、何分歩いただろうか。ただひたすらに歩いていた。だけど何も景色は変わらず、ゴールは見えない。
このまま、わたしはもう終わりなのだろうか。そう思っていたときだった。
道中に、座り込んでいる男の人の姿があった。
「あ、あのっ! 大丈夫、ですか」
「え……」
思わず声を掛けると、その人は顔を上げた。
その顔はーー早乙女くんだった。
「っ、早乙女くん!?」
「水川さん? どうして」
さん付けということは……わたしのもといた世界の早乙女くんじゃない。
パラレルワールドの早乙女くんだ。
「あれ、この水川さん……もしかして、パラレルワールドからもとの世界に帰れた愛音さん?」
「え……ってことは、わたしがイラスト部に入ってるパラレルワールドの、早乙女くん?」
わたしがパラレルワールドからもとの世界に帰れなくなったとき、助け舟を出してくれた早乙女くんなんだ。
知ってる人だと分かった瞬間、これまでの不安感が一気に抜けた気がした。
「やっぱりそうなのか。でも、どうしてここにいるの? もしかして愛音さんも、ルールを破ったとか?」
「え? ルール?」
「え、違うの!? マジか、俺やらかしちゃったな」
「何、ルールって。やっぱり、わたしのいる世界の早乙女くんと、あなたが何か関係あるの? 教えて!」
早乙女くんーー悠くんは、はぁ、とため息を吐いた。
「ここまで来て何も教えないわけにはいかないよな」
「悠くん」
「教えてあげる。パラレルワールドの、ルールを」
わたしはごくりと唾を飲み込んだ。
「まず一つ目、一つの世界に同じ人が二人以上存在することはできない。二つ目、帰りたいと少しでも願ったらもとの世界に強制的に帰されてしまう。そして三つ目はーーパラレルワールドの世界の人物に、恋をしないこと」
目が点になった。
こ、恋?
「どうして、恋しちゃダメなの?」
「だって、そのせいでパラレルワールドから帰りたくないって思ってしまうかもしれないでしょ。そしたらいつまで経ってももとの世界に帰れない人がいる。それはルール上、いけないことなんだよ」
「そう、なんだ」
でも、待って。
悠くんはさっき、『愛音さんもルールを破ったとか?』と言った。
『も』ってことは、悠くんはもしかして。
「三つ目のルール、破ったの?」
「……そう、三つ目のルールを破った。でも正確に言うと、俺じゃないよ」
「じゃあ、まさかっ!」
「そう。あんたの世界の、早乙女悠」
……やっぱり、そうだったんだ。
どうして早乙女くんは、ルールを破ったの?
いろいろ頭の中で考えていたとき、ひとつ、確信的な出来事を思いついた。
「早乙女くん……パラレルワールドに行って、その世界の坂井先輩に恋しちゃった、んだよね?」
「坂井先輩って……凪のこと?」
「うん。だって早乙女くんは、坂井先輩のことが好きでしょ。それに悠くんだって、先輩が付き合ってるって言ってたよ。だから早乙女くんも……!」
きっと、パラレルワールドの坂井先輩に恋に落ちてしまった。
そう言おうとしたけれど、喉の奥に何かが引っかかってしまって、最後まで言えなかった。
息が、水の中にいるみたいに苦しい。早乙女くんに別に好きな人がいるって、分かっていたはずなのに。
「確かに、俺は凪と付き合ってるよ。でもあんた、馬鹿なんじゃないの?」
「は、ば、馬鹿って」
「分からないくせに、めっちゃ泣いてるし。かわいそ、その世界の俺」
「泣いてなんか」
うそだ。さすがにその嘘はバレるでしょ、わたし。
ゴシゴシと目を擦っても、涙が溢れて止まらなかった。
「じゃあ全部言わせてもらうけど。俺は、あんたの世界の俺に頼まれて、“代わりにここにいるんだ”」
「代わり……? じゃあ、早乙女くんは今どこにいるのっ」
「たぶん、俺の世界だね。あんたの世界の早乙女悠は、ここにいることになってるから。ずっと誰かを待ってるんだってさ」
「誰か、って……もういるじゃない。坂井先輩でしょ」
そんなの、分かってるのに。どうしてそんな意地悪な言い方をするの?
そう思っていると、悠くんはまた深いため息を吐いた。
「愛音さんって……本当に鈍感なんだね。びっくりするくらい」
「鈍感って、何よ。何が違うの?」
「俺とあんたの世界の早乙女悠は違うんだよ。まったく別人。だから好きになる人も違う。はい、これで分かる?」
「分かる、って……」
それ、早乙女くんも似たようなこと言ってた。
好きになる人も違う、って……早乙女くんが好きなのは、坂井先輩じゃないってこと?
でも待って。他に関わっている女の子はいないはず。転校する前の学校の子とか?
だけど確か、パラレルワールドの装置を開発したのは、ここ最近だったはず。ということは、他校の生徒ではない可能性が高い。
でも悠くんはさっき、早乙女くんがパラレルワールドでずっと誰かを待ってると言っていた。
……そんなの、思いつく人物が、ひとりしかいない。
パラレルワールドへ、最初に早乙女くんと行った人しか。
「わたし、なの?」
震える声で、悠くんに尋ねた。
「さぁな。続きは本人に聞いて」
「え……」
「ここをあとちょっと走れば、光の出口が見える。そこから早乙女悠がいる世界に行けるから」
「で、でも、悠くんは? あなたは、ずっと早乙女くんの代わりにここにいるの? こんな狭くて暗い中、ひとりで?」
わたしだったらそんなのーー耐えられないよ。
「俺は用が済んだら、もとの世界に戻れるはずだから。そのためにもあんたに行ってもらうしかないんだよ。さ、行った行った」
「はるか、くん……ありがとう。本当に、ありがとう!」
「頑張って」
わたしは頷き、教えてもらった方向に走った。
早乙女くんに、伝えたい! 好き、っていうありのままの気持ちを!
光の出口が見えた。わたしは、早乙女くんのことを考えながら、飛び込んだ。



