広い世界で、あなたに出会って恋をした。

 小雪ちゃんの家から帰宅した。
 静かだったから誰もいないのかな、なんて思いながらリビングへ行くと、お母さんと有紗が椅子に座っていた。

 「おかえりなさい、愛音」

 「ただいま……どうしたの」

 「愛音に少し聞きたいことがあるの。そこに座りなさい」

 お母さんの口調が、いつもよりも冷たい気がした。
 ビクビクしながらも有紗の横に腰掛けた。

 「愛音、最近出掛けることが多いでしょう? 夏休みの初日も、課題やらずにどこか行っていたし」

 「……うん」

 「有紗から聞いたんだけど、そのとき茶髪の男の人と歩いてたって、本当?」

 えっ。
 チラッと有紗のほうを見ると、申し訳なさそうに俯いていた。
 クラスの子たちだけじゃなく、有紗にまで見られていたなんて。

 「誰なの? 彼氏? 教えなさい」

 「違うよ、彼氏じゃない。転校生の早乙女くん。少し仲良くなって……友達の家に遊びに行く途中だっただけ」

 「愛音!」

 お母さんの大きな声にビクッと反応してしまう。

 「嘘はダメよ。お母さんもう分かってるんだから。最近あまり勉強しないと思ったら、その子と遊んでたのね。まだ中学生なのに、彼氏だなんて!」

 「違うってば。彼氏じゃない。確かに最近勉強はおろそかになってたかもしれないけど、一応自習は毎日やってたし、課題だって期限までに出した。受験のことも忘れてないよ」

 お母さんは、わたしの受験のことを心配しているのかと思っていた。
 だけど、わたしがそう言ってもまだ怒っている様子だ。

 「これ、見て」

 「え……? この前の、テスト?」

 三日前くらいにやったテストを、お母さんが見せてきた。
 わたしは一教科、平均九五点だった。かなり高得点だと思うけど、これの何が言いたいのだろう。

 「このテスト……違うクラスの子が学年一位だったそうよ」

 「え」

 「これまで、愛音はずっと学年一位だった。それなのに、それなのに今回のテストでその座は奪われた。その理由、何だと思う? お母さんはね、早乙女くんって子が愛音を誘惑したせいだと思うのよ」

 わたしは、何も言えなかった。
 でもそれは、自分が“学年一位”じゃなくなったことに対して、落ち込んでいるのではなくて。
 お母さんが、早乙女くんのことを勝手に勘違いして悪く言っているのに対して、ものすごく腹を立てているから。

 「愛音、あの子に何か脅されているんだったら言いなさい。何かあってからじゃ遅いの。それにもう愛音は受験生なのよ!? 自分が何をしてるか分かってるの!?」

 「……今更っ、今更なんなの!!」

 「愛音……?」

 「わたしは、学年一位なんて本当は嫌だった! 学年一位って理由だけで慕われたり、何かを頼まれたり、期待されるのがつらかった! 梨央がいなくなってから……わたしのこと、誰も見てくれなかった。それが苦しかった! この世界が大嫌いだったの!」

 初めてかもしれない。家族に本音を言うなんて。

 「有紗にも嫉妬してた。いつも人気者で、明るくて友達も多くて! 勉強のことなんか気にしなくていい有紗のことが、羨ましかったの!」

 「……そんなの、あたしだってそうだよ。お姉ちゃんのこと、ずるいって思ってたよ。友達からはお姉ちゃんと話せるから、妹のあたしと友達で良かったなんて、散々言われてきた。それがどれだけ惨めなことか、お姉ちゃんには分からないでしょ!?」

 やはり有紗も、わたしと同じようなことを思いを抱えていた。
 パラレルワールドの有紗と会話して気がついたのだ。わたしに、姉に何か伝えたいことがあるんだろうなって。

 「ふたりとも、落ち着きなさい。まず……お母さんはふたりに謝らないといけない。本当にごめんなさい」

 「お母さん……」

 「お父さんはいつも仕事でふたりのことを見れないからお母さんが見てあげないといけないのに、全然ふたりの気持ちに気づかなかったね。その、早乙女くんとやらが……良い人っていうのは、本当なの?」

 「……うん、そうだよ。早乙女くんはすごく良い人だよ。わたし、早乙女くんがいなかったらこうしてお母さんや有紗に気持ちを吐き出せなかったと思うから」

 そう答えると、お母さんは微笑んだ。

 「わたしも、ごめん。お母さんに全部秘密にして、迷惑掛けちゃって。有紗も、ごめんね。わたし、お姉ちゃんなのに全然妹のこと考えてなかったね」

 「なにそれ……そんなの、あたしだって思ってるよ。お姉ちゃんが悪いわけじゃない。ただ、あたしはお姉ちゃんと違って、良いところも得意なこともないから、嫉妬しちゃっただけ……。ごめん、なさい」

 有紗は、泣き崩れてしまった。そんな有紗を優しくぎゅっと抱きしめる。

 「さっき言ったじゃん。有紗は人気者で、明るくて、友達も多い。それは有紗の良いところなんだよ。これからは、もっと姉妹で話そうよ。不満も、感謝も全部。本音で話そう」

 「うん。お姉ちゃん……ごめん。ありがと」

 「お母さんも、ごめんねっ」

 わたしたちの間に、お母さんも割って入ってくる。

 「ちょ、ちょっと、お母さん重いって! もう、あたしたち中学生なんだし恥ずいって。ねぇ、お姉ちゃん!?」

 「うん、恥ずかしい」

 「えー、お母さん寂しいなぁー」

 自然と笑みがこぼれた。
 そういえば、こんなふうに家族で笑って話すなんて、久しぶりかもしれない。
 またみんなでこうやって話し合える日が来るなんて、思いもしなかった。それもこれも全部、早乙女くん含め出会ったみんなのおかげだ。

 「それで、愛音。早乙女くんのこと……どう思ってるの? どうしたいの?」

 お母さんの言葉に、わたしは答える。

 「ーー好きだよ。これからも、希望をもらいたい。それと、今度はわたしが早乙女くんのことを救ってあげたいと思う」

 「そう。頑張ってね、愛音」

 「うん、ありがとう」

 お母さんは、早乙女くんのことを認めてくれた。
 ……早乙女くん。わたし、絶対に助けてみせるから。
 拳をぎゅっと握りしめ、そう誓った。