翌日、わたしはまた早乙女くん家へ向かった。
今度こそちゃんと行動して、梨央にも伝えたいことを伝えて、副部長を頑張りたい。
……あの世界のわたしは、副部長として上手くやれたかな。
「早乙女くん、おはよ」
「はよ」
「今日も暑いね。もう真夏って感じ」
「だな」
相変わらず早乙女くんは無愛想だ。何を考えているかさっぱり分からない。
だけどわたしは気になっていることがある。それは早乙女くんのことを考えたり会ったりする度に緊張するようになったこと。
何故かドキドキする。
「どした? この暑さで体調がやられたか?」
「う、ううん。大丈夫」
「じゃあいいけど」
こういう不器用な優しさが、響く。
それはどうしてなのか、よく分からないけれど。
「今日、俺から行ってみてもいい?」
「うん、もちろん」
「サンキュ」
そう言って、早乙女くんは装置のなかに入り、青いボタンを押した。
すると一瞬だけビビッと振動が伝わった。
だけど、装置のなかには早乙女くんがいる。
「さ、早乙女、くん?」
「え……水川さん?」
えっ……!
わたしのことをさん付けするのは、いつもの早乙女くんじゃない。
もしかして、この世界の早乙女くんとパラレルワールドの世界の早乙女くんが入れ替わった?
「どうして、水川さんが俺の家に……!」
「あ、えっと、それは、その……。ゆ、夢を見てるんだよ、早乙女くんとわたしは。だから、ね、そんな疑問持たないで」
何言ってるの、わたし……!
咄嗟に出てきた言い訳が“夢を見てる”だなんて。そんなの子供ですら怪しむのに。
だけど早乙女くんは意外にも納得した様子だった。
「なるほどね。ここ、パラレルワールドか。元気? 水川さん」
「へっ……う、うん、元気だよ」
「そっか。まぁ、この世界でもいろいろ大変そうだな」
どうしてパラレルワールドのことを知っているんだろう?
一瞬疑問になったけれど、ハッとひらめいた。
そうか。この早乙女くんのご両親も、パラレルワールドの研究をしていて、早乙女くん自身もパラレルワールドのことを知っているのかもしれない。
「あ……そうだ、わたし、行かなきゃ」
「そっか。じゃあ、とりあえずお別れだな」
「そうだね」
とりあえずと言うのはたぶん、わたしがパラレルワールドに行ったあと別の世界から違うわたしが来るからだろう。
早乙女くんは、切なく微笑んだ。
「またいつか」
「うん、いつかね」
わたしは装置の中に入り、青いボタンを押す。
するとまた、視界が真っ白になったーー……。
ハッと目が覚めると、そこは部室だった。
急いで教室を出て看板を見ると、“イラスト部”となっていた。
ホッとする。良かった、戻ってこれたんだ。
「あれ、愛音?」
「梨央……!」
「もう帰ったんじゃなかったの? わたしひとりでできるからいいって言ったのにー。相変わらず愛音はお人好しよね」
「ご、ごめん。ほ、放っておけなくてさ」
慌てて誤魔化すと、梨央はおかしそうにぷっと噴き出した。
「優しいね、愛音はやっぱり」
「いやいや、梨央のほうが優しいでしょ。わたしは、梨央がいないと何もできなかったんだから」
「そんなことない。イラスト部だって、愛音が“何か挑戦してみたい”って言わなかったら立ち上げなかったもん」
イラスト部を立ち上げたいって、わたしが言ったのか。
てっきり梨央がわたしを誘ったんだと思ってた。その逆だったなんて。
この世界のわたしも意外と行動力がある。
「じゃあさ、せっかくだから一緒にやってくれる? あと扉のところちょっと塗れば終わるんだ」
「もちろん。わたしで良ければ」
「ありがとう、愛音!」
キャンバスボードを見ると、もうほぼ完成していた。
たった二日程でこんな仕上がるなんてすごい。
昨日はこの世界のわたしも頑張ってくれていたのだろう。
「ねぇねぇ、愛音。何だかこの絵さ、パラレルワールドみたいだね」
「え……っ、パラレルワールド?」
「そう。この絵はひとつの扉から、いろいろな物が出てきてる。パラレルワールドはひとつの世界から、たくさんの世界が広がる。似てない?」
全然気づかなかったけれど、確かに言われてみればパラレルワールドに似ている気がする。
「似てる、かも」
「でしょでしょ! 最近ね、少しだけパラレルワールドのことが気になってるんだ。もしかしたら違う選択をした自分がいる世界もあるのかな……って。そう思うとちょっと行ってみたくなってさ」
「……怖く、ないの?」
「え、怖い? なんで?」
わたしは拳をぎゅっと握りしめて、言葉を放つ。
「だって、この世界とは全く違うかもしれないんだよ? 争いや喧嘩が当たり前かもしれないし、貧乏かもしれない。何より……友達、先輩や後輩、家族、自分がーーいないかもしれないんだよ。そう考えると、この世界が一番良いって思わないの?」
わたしのいる世界では、あなたは存在しないんだよ。亡くなっているんだよ。
そう、ハッキリ言いたかった。でも、グッと堪えた。
「うーん、そっか。愛音はそう考えてるんだね。だからこの前、この世界のままで良いって言ったの?」
「そうだよ。でも梨央も言ってたじゃない、この世界のままで良いって。それなのに、どうして」
「だってさ、こう考えてみて? この世界よりもっと平和で、優しくて、あたたかい世界があるかもしれないよ? 確かに愛音が言う通り戦争が当たり前で貧乏な暮らしをしている世界もあると思う」
「っ、そうだよ、だから」
「でも、その可能性は“この世界”にも起こり得ることなんだよ」
梨央の真剣な眼差しを見て、わたしは喉に何かが詰まったように声を発せなくなった。
この世界でも梨央やみんながいなくなってしまう可能性があるなんて、そんなの考えもしなかったから。
「だから、わたしはこの世界に縛られたくないなって思い始めたんだ! 愛音やみんなともっと違う世界を冒険してみたい。もちろん、パラレルワールドには行けないって分かってるしね」
「……そんなの、ダメだよ」
「愛音?」
だって。だって、梨央は。
梨央は絶対、この世界が一番幸せになれるのに。
「梨央は……っ、あっちの世界で亡くなってるんだから!」
「え……」
「だからっ、この世界が一番いいの! 梨央にとってもわたしにとっても、幸せになれる世界なの! パラレルワールドに行ってみたいなんて、そんな悲しいこと、言わないで」
わたし、今なんてこと……!
感情的になってしまい、思っていることを全て梨央にぶつけてしまった。
チラッと梨央のことを見ると、悲しそうな表情をしていた。
……わたし、最低だ。梨央にこんな顔させて。わたしは梨央の笑った顔が好きなのに。
今度こそちゃんと行動して、梨央にも伝えたいことを伝えて、副部長を頑張りたい。
……あの世界のわたしは、副部長として上手くやれたかな。
「早乙女くん、おはよ」
「はよ」
「今日も暑いね。もう真夏って感じ」
「だな」
相変わらず早乙女くんは無愛想だ。何を考えているかさっぱり分からない。
だけどわたしは気になっていることがある。それは早乙女くんのことを考えたり会ったりする度に緊張するようになったこと。
何故かドキドキする。
「どした? この暑さで体調がやられたか?」
「う、ううん。大丈夫」
「じゃあいいけど」
こういう不器用な優しさが、響く。
それはどうしてなのか、よく分からないけれど。
「今日、俺から行ってみてもいい?」
「うん、もちろん」
「サンキュ」
そう言って、早乙女くんは装置のなかに入り、青いボタンを押した。
すると一瞬だけビビッと振動が伝わった。
だけど、装置のなかには早乙女くんがいる。
「さ、早乙女、くん?」
「え……水川さん?」
えっ……!
わたしのことをさん付けするのは、いつもの早乙女くんじゃない。
もしかして、この世界の早乙女くんとパラレルワールドの世界の早乙女くんが入れ替わった?
「どうして、水川さんが俺の家に……!」
「あ、えっと、それは、その……。ゆ、夢を見てるんだよ、早乙女くんとわたしは。だから、ね、そんな疑問持たないで」
何言ってるの、わたし……!
咄嗟に出てきた言い訳が“夢を見てる”だなんて。そんなの子供ですら怪しむのに。
だけど早乙女くんは意外にも納得した様子だった。
「なるほどね。ここ、パラレルワールドか。元気? 水川さん」
「へっ……う、うん、元気だよ」
「そっか。まぁ、この世界でもいろいろ大変そうだな」
どうしてパラレルワールドのことを知っているんだろう?
一瞬疑問になったけれど、ハッとひらめいた。
そうか。この早乙女くんのご両親も、パラレルワールドの研究をしていて、早乙女くん自身もパラレルワールドのことを知っているのかもしれない。
「あ……そうだ、わたし、行かなきゃ」
「そっか。じゃあ、とりあえずお別れだな」
「そうだね」
とりあえずと言うのはたぶん、わたしがパラレルワールドに行ったあと別の世界から違うわたしが来るからだろう。
早乙女くんは、切なく微笑んだ。
「またいつか」
「うん、いつかね」
わたしは装置の中に入り、青いボタンを押す。
するとまた、視界が真っ白になったーー……。
ハッと目が覚めると、そこは部室だった。
急いで教室を出て看板を見ると、“イラスト部”となっていた。
ホッとする。良かった、戻ってこれたんだ。
「あれ、愛音?」
「梨央……!」
「もう帰ったんじゃなかったの? わたしひとりでできるからいいって言ったのにー。相変わらず愛音はお人好しよね」
「ご、ごめん。ほ、放っておけなくてさ」
慌てて誤魔化すと、梨央はおかしそうにぷっと噴き出した。
「優しいね、愛音はやっぱり」
「いやいや、梨央のほうが優しいでしょ。わたしは、梨央がいないと何もできなかったんだから」
「そんなことない。イラスト部だって、愛音が“何か挑戦してみたい”って言わなかったら立ち上げなかったもん」
イラスト部を立ち上げたいって、わたしが言ったのか。
てっきり梨央がわたしを誘ったんだと思ってた。その逆だったなんて。
この世界のわたしも意外と行動力がある。
「じゃあさ、せっかくだから一緒にやってくれる? あと扉のところちょっと塗れば終わるんだ」
「もちろん。わたしで良ければ」
「ありがとう、愛音!」
キャンバスボードを見ると、もうほぼ完成していた。
たった二日程でこんな仕上がるなんてすごい。
昨日はこの世界のわたしも頑張ってくれていたのだろう。
「ねぇねぇ、愛音。何だかこの絵さ、パラレルワールドみたいだね」
「え……っ、パラレルワールド?」
「そう。この絵はひとつの扉から、いろいろな物が出てきてる。パラレルワールドはひとつの世界から、たくさんの世界が広がる。似てない?」
全然気づかなかったけれど、確かに言われてみればパラレルワールドに似ている気がする。
「似てる、かも」
「でしょでしょ! 最近ね、少しだけパラレルワールドのことが気になってるんだ。もしかしたら違う選択をした自分がいる世界もあるのかな……って。そう思うとちょっと行ってみたくなってさ」
「……怖く、ないの?」
「え、怖い? なんで?」
わたしは拳をぎゅっと握りしめて、言葉を放つ。
「だって、この世界とは全く違うかもしれないんだよ? 争いや喧嘩が当たり前かもしれないし、貧乏かもしれない。何より……友達、先輩や後輩、家族、自分がーーいないかもしれないんだよ。そう考えると、この世界が一番良いって思わないの?」
わたしのいる世界では、あなたは存在しないんだよ。亡くなっているんだよ。
そう、ハッキリ言いたかった。でも、グッと堪えた。
「うーん、そっか。愛音はそう考えてるんだね。だからこの前、この世界のままで良いって言ったの?」
「そうだよ。でも梨央も言ってたじゃない、この世界のままで良いって。それなのに、どうして」
「だってさ、こう考えてみて? この世界よりもっと平和で、優しくて、あたたかい世界があるかもしれないよ? 確かに愛音が言う通り戦争が当たり前で貧乏な暮らしをしている世界もあると思う」
「っ、そうだよ、だから」
「でも、その可能性は“この世界”にも起こり得ることなんだよ」
梨央の真剣な眼差しを見て、わたしは喉に何かが詰まったように声を発せなくなった。
この世界でも梨央やみんながいなくなってしまう可能性があるなんて、そんなの考えもしなかったから。
「だから、わたしはこの世界に縛られたくないなって思い始めたんだ! 愛音やみんなともっと違う世界を冒険してみたい。もちろん、パラレルワールドには行けないって分かってるしね」
「……そんなの、ダメだよ」
「愛音?」
だって。だって、梨央は。
梨央は絶対、この世界が一番幸せになれるのに。
「梨央は……っ、あっちの世界で亡くなってるんだから!」
「え……」
「だからっ、この世界が一番いいの! 梨央にとってもわたしにとっても、幸せになれる世界なの! パラレルワールドに行ってみたいなんて、そんな悲しいこと、言わないで」
わたし、今なんてこと……!
感情的になってしまい、思っていることを全て梨央にぶつけてしまった。
チラッと梨央のことを見ると、悲しそうな表情をしていた。
……わたし、最低だ。梨央にこんな顔させて。わたしは梨央の笑った顔が好きなのに。



