弟のように思っていたのに、恋を教えてくれて――。

 夏樹は空気を読み、私から見て前の席に座った。背を向けて。少し経つとアイスコーヒーとオムライスが来たからパソコンをバッグにしまった。オムライスを食べていると美味しさがイライラを包み込んで消してくれて、気持ちが治まってきた。

 とろける卵の感触を堪能していると突然夏樹が振り向く。何か言いたそうな表情でソワソワしている。

「何?」
「いや……」
「さっきの保険の話? あれは、夏樹全く悪くないから……イライラしちゃってごめん」

 夏樹はもちろん、秋山さんにイライラするのも違うと思う。今回は契約取れなかったけれど、その分営業を強化して頑張ればいい。

「いや、そうではなくて」
「じゃあ、何?」
「遥は、恋愛しないの?」
「……はっ?」
「いや、さっき呟いていたから」

 さっきの独り言聞かれていたんだ。背後にいたよね? もしかして小説読まれていた? 考えるだけで恥ずかしくなって顔が熱くなってくる。

「まぁ、恋愛をするのにも、相手がいないとできないし……」
「そうだよな」

 そう言いながら夏樹は前を向いた。が、再び振り向いてきた。

「遥は、どんな人が好みなの?」
「私の好み? そうだなぁ、成瀬さんみたいな大人な人?」

 ちらっと成瀬さんを見た。

「……駄目だ! 成瀬さんは奥さんも子供もいるんだから」
「知ってるし。冗談だよ! そんなに焦らなくても……」

 夏樹がじっとこっちを見つめてきた。

「ねぇ、遥は今週末、暇?」

 普段は凛とした恰好良い雰囲気なのに、首を傾げて昔の夏樹を思い出させるような、甘えた表情をしてきた。正直、すごく可愛いなと思ってしまう顔。なんかずるいな、そういうの。

「暇だけど」
「デートしない?」
「突然どうしたの?」
「……なんとなく?」

 夏樹が言葉を濁らす時は、深い何かがある時だ。甘えた表情を眺めながら昔を思い出す。あの時もそうだった。