弟のように思っていたのに、恋を教えてくれて――。

 仕事が終わると落ち込みながらカフェに来た。

 中に入ると「カルボナーラパスタを後でお願いします」とオーナーにお願いし、コートを脱いでテーブル席に座る。

 深い息を吐きながら、こめかみを強めに押した。

 今日、契約したお客様から「説明が足りなかったし、契約する時少し強引だった」とお叱りを受けた。年齢とともに保険料が上がることは、書類を使って丁寧に説明したつもりだった。でも、私の猪突猛進な性格が裏目に出たのか、急ぎ気味で話したせいでお客様が内容をしっかり理解できていなかったのかもしれない。悶々とした一日を過ごした。

 最近は契約が取れなくて、夜も眠れないほど疲れている。正直、仕事を辞めてしまいたいと考えも浮かぶ。でも、契約してくれたお客様のアフターフォローを放棄するのは責任感が許さないし、職場で支えてくれた先輩たちにも申し訳ない。どうすればいいんだろう。

ひとつのことが沈んでしまうと、気持ちが連鎖して他のことも駄目だと思えてくる。

三十歳が近づく。このままの人生で良いのか、ふと立ち止まる。もっとお客様の心に寄り添える営業マンになれたら、人生も変わるのかな。

どうしよう。とりあえず、眠れるように何か方法を考えないと。先輩に相談して営業のコツを学ぶか、週末の勉強会に参加して気分を切り替えようかな。

 気分転換をしようと、パソコンを開いた。小説を書くページを開いてはみたものの。

――今日は書く気分ではないな。

ぼんやりとしんしんと降る雪を窓から眺め、もう一度パソコンの画面を見る。そして前回書いた文章を読み返していると、間違って削除ボタンを押してしまった。

「うわ、最悪。二千文字書いていたのを消してしまった。今日は本当に最悪な一日だな」

頭を抱えているとドアの音が鳴った。夏樹が入ってきた。

「遥」
「夏樹」

 ここで会うとまずは微笑み合いながらお互いの名前を呼ぶのが当たり前になっていた。沈んだ気持ちの中、夏樹の穏やかな声に胸の痛みが少し和らぐ。頑張って笑顔を作るけど、頬が小刻みに震える。不自然な笑顔だな、きっと。

夏樹は私の向かいの席に座った。黒いコートを脱ぎながら、じっとこっちを見つめてくる夏樹。