「好きって、距離なのかな」
咲良がそう言ったのは、春雨が降った翌日のことだった。
傘を並べて歩く帰り道、アスファルトにはふたりの足音が小さく重なっていた。
「え?」と瑛人が振り向く。
「なんかさ、思うの。
“好き”って、近づくほど怖くなる。
でも、遠いと寂しい。……変な関数みたい」
瑛人は、少し考えてから答える。
「それって、多分“逆比例”じゃなくて“放物線”だと思う」
「放物線?」
「うん、最初はゆっくり近づいてくのに、
ある点を越えると一気に距離が縮まる。
で、心がふっと浮くくらいの加速度になる」
咲良は目を丸くした。
「そんな関数、あるの?」
「あるよ。たとえば y = (x−a)² の“a”が、
咲良との“最小距離”だとしたら……」
瑛人は、ポケットから小さな付箋を取り出して、
そこにさらさらと式を書く。

「この“x”が僕。で、最小値になる“咲良”の点まで、今向かってる途中」
咲良の心臓が、急に早くなった。
さっきまで降ってた雨が、急に晴れたような感覚。
「じゃあ、今の一ノ瀬くんの座標は?」
「……多分、咲良の1.2くらい左。まだ近づける」
「私は……0.8くらい右かな」
ふたりは顔を見合わせて、
同時にふっと笑った。
「じゃあ、もうすぐだね」
「うん、もうすぐだ」



