君と解きたい数式がある


その日、一ノ瀬と咲良はいつもの図書室じゃなく、空き教室で勉強していた。

黒板の前、咲良は手を組んで唸っていた。

「……この相似の証明、全然わかんない……対応する辺とか角とか、何が何に対応してんのー!!」

「落ち着いて。対応してるものをちゃんと見つければ、三角形同士が相似かどうかは証明できる」

「対応する……ねぇ、一ノ瀬くんって、自分と“似てる人”っていると思う?」

唐突な質問に、彼の手が止まる。

「……俺と似てる人?あまり考えたことない。
むしろ、君みたいな人は、真逆だと思ってる」

「え〜……やっぱそう思う?私、がさつだし、感情で動くし、すぐ数学投げ出すし……」

「でもね」
彼はチョークを手に取って、黒板にふたつの三角形を描いた。

「この三角形、形は違って見えても、対応する角と辺が一致すれば、相似になる」

「うん」

「つまり、見た目が違っても、ちゃんと対応する何かがあれば、
“似てる”ってことになる」

「……私たちも?」

「君が感情で動くとき、俺はそれを言葉にできないけど、ちゃんと“考えて”る」
「君が弱音を吐くとき、俺はそばにいたいって“思って”る」

チョークの音が止まる。
彼が描いた三角形の間に、優しい線が引かれていた。

「君と俺が“相似”かどうか、まだ証明はできない。
でも——対応する気持ちは、確かにあると思う」

「……なにそれ、ズルい。そんなこと言われたら……」

咲良は顔を伏せて、ごまかすように笑った。

「じゃあ、証明は……これからってこと?」

「うん。
ゆっくりでもいい。時間かけて、一緒に証明していこう」

その時、教室の窓から風が吹き抜けた。

ふたりの距離が、少しだけ、確かに近づいた。