放課後の教室。
窓の外では、夕陽が校舎をやさしく照らしていた。
咲良は黒板に書かれた今日の授業内容を見つめながら、つぶやく。
「“必要条件”と“十分条件”って、なんか難しいよね」
隣で教科書を閉じていた瑛人が、少し笑って答えた。
「うん。でも、数学的にはちゃんと違いがあるんだよね」
「“必要条件”は、それがないと絶対に成立しない条件、だっけ?」
「そう。で、“十分条件”は、それさえ満たせば成立する条件」
「……じゃあ、“好き”って気持ちは、付き合うための必要条件? それとも、十分条件?」
その問いに、瑛人の手が止まる。
「……咲良は、どう思う?」
「私はね、“好き”って気持ちは、たしかに“必要”だと思う。
でも、それだけじゃ足りないこともあるなって……最近、思うんだ」
「たとえば?」
「タイミングとか、勇気とか。
不安に負けない強さとか。
“好き”だけじゃ、どうしても進めないときがあるっていうか……」
瑛人は少し黙って、彼女の言葉を噛みしめるようにうなずいた。
「俺は……“好き”って気持ちが、ふたりにとって“十分条件”になるようにしたいな」
「え?」
「好きっていう気持ちさえあれば、
ふたりでなんとかしていけるって、信じたい。
それが“十分”な理由になるって、思えるくらい、ちゃんと大事にしたいんだ」
咲良は、その言葉に小さく息をのんだ。
「……それ、ずるいくらいに優しいね」
「でも、まだ答えは出せてないけどね」
「ううん。私、それでちょっと答えに近づけた気がする」
ふたりは夕陽の中、ゆっくりと教室を後にした。
恋の条件は、まだすべて満たせてないかもしれない。
でも、“好き”という一番の変数だけは、もうちゃんと、そこにある。



