期末テストが近づく6月の午後。
いつも一緒にいた図書室に、今日は瑛人の姿がなかった。
咲良は参考書を広げたまま、
ペンを握る手を止めて、ため息をついた。
(最近、なんか変だよね……)
瑛人はここ数日、LINEの返事も遅くて、
話しかけても、どこか上の空だった。
「一ノ瀬くん、どうしちゃったんだろう…」
そんなとき――
カラン、と机にノートが置かれた。
「遅れてごめん」
「……一ノ瀬くん」
瑛人は目を逸らしたまま、静かに言った。
「最近、ちょっと考えてたんだ。
咲良にとって、俺ってどういう存在なんだろうって」
「え?」
「勉強教えてるうちに、俺の中で気持ちが変わってって……
でも、もしかしたら、咲良にとってはただの“先生役”なんじゃないかって」
咲良の心が、ひゅっと冷たくなった。
それでも、言葉を絞り出す。
「そんなこと……ないよ。
私だって、ずっと不安だった。
一ノ瀬くんが、私のことどう思ってるのか――わからなくて」
「でも、確かめるのが怖かった。
もし、“好き”って気持ちが私のだけだったらって、そう思ったら……」
沈黙。
ふたりの間の距離は、あとほんの数センチ。
それは、限りなくゼロに近い“極限”。
「……俺、逃げてたんだと思う」
瑛人が、咲良をまっすぐ見た。
「答えが出せないことを、“曖昧”のままにして、
傷つかないフリをしてた。でも、それってズルいよな」
「……ううん。私も同じだった。
近づけば近づくほど、怖くなるんだね。
“好き”っていうのが、確かなものかどうか……」
その瞬間、ふたりの指先が触れた。
「でも、極限って、“近づけるだけ近づいたときの姿”なんだよね?」
瑛人が笑った。
「だったら、俺たちも……限りなく近づいてみよう」
咲良はこくんと頷いて、
初めて、自分から彼の手を握った。
“すれ違い”は、“想いの証明”に変わっていた。



