梅雨の始まり。
曇り空の下、傘の音が静かに重なっていた。
咲良と瑛人は並んで歩いていた。
距離は、肩が少しだけ触れるくらい。
ふたりでひとつの傘――その距離も、少しずつ自然になってきた。
「今日の数学、積分だったね」
咲良がぽつりとつぶやく。
「うん、“変化を集めて、全体を求める”ってやつ」
「……なんか、それって思い出みたいだなって思った」
「思い出?」
「うん。毎日ちょっとずつ積み重なって、
いつのまにか“大切”になってる。
楽しい日も、悩んだ日も、全部集めたら、
“好き”って気持ちができてた」
瑛人は一瞬、言葉に詰まったように黙った。
そして、ゆっくりと答えた。
「じゃあ……俺と過ごした時間も、咲良の中で積分されてる?」
「もちろん。最初は、ただ“教えてくれる人”だったのに、
いつの間にか、授業よりも一ノ瀬くんの顔ばっか見てた」
「俺も、そうかも」
「え?」
「……咲良といる時間、少しずつ少しずつ、
“なんでもない”が“特別”に変わっていった」
小さな水たまりを踏んで、
ふたりの足音がほんの一瞬だけずれた。
でも、次の一歩でまた重なった。
「ねぇ、一ノ瀬くん」
咲良は少し恥ずかしそうに言った。
「これからの時間も、積分していこうね」
「うん、ちゃんと記録してく。
咲良との“面積”、これからもっと広げていきたいから」
その言葉が、まるで答え合わせみたいに優しく響いて、
雨の中の傘の中だけ、まるで晴れてるみたいだった。



