春の陽だまりの中、紫苑は医学書を開いていた。桜の花びらが風に舞い、彼女の長い黒髪に静かに舞い降りる。

「また勉強?」

振り返ると、悠瑚が苦笑いを浮かべて立っていた。彼の瞳には、いつもの優しさと、どこか影のような翳りが混在していた。

「医師になるためには、これくらいしないと」紫苑は本を閉じ、悠瑚の隣に座る場所を作った。「悠瑚こそ、アルバイトの面接はどうだった?」

「ダメだった。また」悠瑚は桜の木にもたれかかった。「でも、諦めないよ。家族を支えなきゃいけないから」

紫苑は悠瑚の横顔を見つめた。彼が時々見せる疲労の色、最近増えた咳、そして何より、彼が隠そうとしている何かを感じ取っていた。

「悠瑚、体調は大丈夫?最近、顔色が悪いような…」

「大丈夫だよ」悠瑚は振り向いて、いつもの笑顔を見せた。「紫苑こそ、勉強のし過ぎで倒れないようにね」

その時、足音が聞こえた。大弥が不機嫌そうな表情で現れる。

「兄貴、また家にも帰らずにここにいたのか」

「大弥…」悠瑚の声が小さくなる。

「家族のためとか言いながら、結局は現実逃避じゃないか。バイトも続かないし」大弥の言葉は冷たかった。

「やめて」紫苑が立ち上がった。「悠瑚は頑張ってる。あなたには分からないの?」

「あんたに何が分かる?」大弥は紫苑を睨んだ。「医者になる夢があって、恵まれた環境にいるあんたに、俺たちの苦労が分かるわけない」

「大弥、やめろ」悠瑚が兄弟の間に立った。「紫苑は関係ない」

大弥は舌打ちをして、その場を去っていく。残された二人に、重い沈黙が流れた。