世界は、きっと美しい。~屋上から飛び降りた先は、太陽を紡ぐ異世界でした~

 グラスが触れ合うカチンという音が近づいていく。

 焼き鳥の炭火の音。

 お客さんが「すみませーんと、定員さんを呼ぶ音。

 箸が器に触れるカチャカチャという音。


「で、まあそんな感じで虐めも無くなって、一応静海とも友達に戻った感じかな」

 加納先輩はビールが並々に注がれたジョッキをただ、ちびちびと飲みながら話す。




「どうして加納先輩は、そのバッジいつも付けてるんですか」

「大切な人にもらった証だから」

 その言葉のミステリアスな部分に惹かれて、僕は「大切な人って?」と質問した。

「長くなるけど、それでもいい?」

 そう言って、先輩は話始めた。



 胸の奥で何かが軋むような感覚。

 話を聞きながら、グラスの縁をなぞって言葉を探すが、何かが詰まっているように出てこない。


「そうなんですね…」

 ようやく絞り出した声は、小さく掠れた。


「別にいいんだよ。慰めて欲しいとか、今更思ってる訳じゃないから」

「いや。でも、せっかく聞いたのに、こんなことしか言えなくて申し訳なくて」


 加納先輩が、箸でタコのから揚げをつついた。

「そういえば、君って、植物の大学通ってたよね?」

「そうですけど」


「じゃあさ、端夜からもらったハーバリウム見てみてくれない?」

 机の角に、肘をぶつけながら、前のめりになる。

「ぷっ。面白いね」

 口元を抑えながら、肩を小さく揺らす。

「そ、そんなことはいいですから」

「ちょっと待って」

 ふーと、わざとらしく落ち着かせるように、深呼吸をする。


「ごめんごめん。ハーバリウムはこれだよ」


 主役がオハイアリイで、際立たせ役としてサレビアアレズアやカスミソウが入っている。

 透明なグラスの中で、オハイアリイの鮮烈な赤とサレビアアレズアの青が絶妙なコントラストを描く。

 そして、カスミソウな控えめな白が全体のバランスを保っていて、丁度いい具合に仕上がっている。


 ただ、少し色が強すぎる。

 オハイアリイの赤の存在感が強い。


 このアンティーク風のボトルには、もう少し静謐な雰囲気の黄色や水色などの花の方が合うような気がする。


「どう?何かわかる?」

 だけど、顔を上げたらなんだか少し納得した。

 加納先輩には、このくらいの強さの方が加納先輩らしいっていう感じがする。


 自然と笑みがこぼれた。


「え、なに。何か分かったの?」

「いえ。なんだか、先輩らしい雰囲気だなと思って」

「どゆこと?」

「オハイアリイの赤の存在感が強いことが気になってたんですけど、でも確かにその方が先輩らしいなって思って」


 不思議そうに首を傾げた。


「私。そんなに存在感強くないと思うけど」

 いや。強いだろ。

 先輩だということで、その声を押しとどめたが、そう思ってしまった。


 上司にも、おかしいと思うことがあれば、争いを避けずに戦っていくし、しっかり我を持っている。

 羨ましい限りだと思ってしまう。

 だけど、さっきのエピソードがあったからこそ、得た強さなのかなと腑に落ちた。


「先輩は強いですよ」

「そう見えるんだ。でも、そっか。昔よりは強くなれてるのかもしれないね」


 ビールを一口含んで、ゆっくりと喉の奥に流し込む。

「端夜がさ、お姉さんの話をしたときに世界は美しいって言ってると、段々と美しく思えてくるって言ってたんだけどさ。私には、どんなに唱えても、ここから美しいとは思えなかったって言うのかな、上手く言えないけど、美しくないって思っている自分が消えないんだよね」

 ふーと優しく、溜息を吐く。

「世界が美しいってのはさ、やっぱり、私は心から納得できてないのかなって思うんだ。たださ、それでもそう言うと、少しだけ心が温かくなる気がする。これで、私はよかったのかな」

 加納先輩は、悲しそうに笑った。

 寂しそうで、辛そうな顔。


「端夜さんは、それでもいいって言ってくれてます、よ」

 虚を突かれたような顔。


「ハーバリウムの中に入っていた、この赤いオハイアリイって花、『あなたらしく』って言う花ことばがあるんです。だからきっと、世界が美しいって思えなくても、先輩らしく生きてくれればいいって思ってくれてる、はずです」

「そっか。それなら、よかった」

 彼女は、優しく微笑んだ。