世界は、きっと美しい。~屋上から飛び降りた先は、太陽を紡ぐ異世界でした~

「起きろー」

 迅斗に揺らされて、布団を剥がれる。

 のろのろと机に向かい、朝ご飯を口に運ぶ。

 味がしない。

 食材を口に運ぶことすら、億劫だと感じる。

「大丈夫か」

 心配して、声をかけてくれる端夜の声も、鋭く言って、拒絶してしまう。


 肩を落とし、視線を足元に張り付けて歩く。

 風が頬を撫でても、何の感覚もないように思えた。


 時折、歩みを止める。

 目的のある動作ではなく、自分の意思が動きに左右されるのかどうか確かめるようなもの。

 心が沈むように、足は重たくなる。

 ふと見上げると、濁った空がどこまでも広がっている。

 なにかを考える隙間を与えないように。

 段々と、端夜たちの背中は遠のいていく。


「しっかりしろ。大丈夫か」

 耳にその声がフェードアウトされていく。

 大丈夫、大丈夫だから。

 小さく呟き、不意に足を滑らせた。

 根が地面から不規則に顔を出して、その一本がまるで罠のように足を取る。

 バランスを崩し、視界がゆっくりと傾く。

 次の瞬間、膝が土に打ち付けられて、掌が枯葉の敷かれた地面に沈んだ。


「おい」

 柔らかな声がかすかに息を乱しながら響く。

 視界にスッと、差し出された手が入り込む。

 戸惑い、一瞬の間が開く。

 やがて自分の掌を重ね、力強く引かれ、立ち上がる。


「先行ってるからな」

 迅斗が心配そうな顔をしながらも、置いてかれまいと声を出す。


 足を触ると、膝に擦り傷ができていた。

 血がじわじわと滲み出して、細かな砂粒が傷口にこびりつく。

 指先ではらうと、ひりつくような痛みがさらに増す。

「痛いだろうが、ちょっとだけ耐えてくれ」

 リュックから水筒を取り出して、タオルを湿らせる。

 タオルが傷口に当たった瞬間、肌がピリピリと痛む。

 咄嗟に目を閉じる。

「痛むか」

「大丈夫です」

「痛いなら、痛いって言えばいい。苦しいなら苦しいって言えばいい。言ったところで、変わらないかもしれない。だけど、シェアした方が怖くないだろ」

 感情が怖さが、浮かび上がっていくような感覚。

「少し、痛みます」

 苦しいって、言う選択肢もあった。

 だけど、苦しいって言う言葉が合うのかが分からなかった。


「そうか。もう少し法廷を緩くするか?」

「いや、このくらいがちょうどいいです」

「そうか」


 端夜に補助されながら、立ち上がった時には、他の炎狩人の背中はなかった。

「すみません」

 私が転んだせい。

「何とかなるだろ」

 深呼吸をして空を仰いだ。

 木にぶら下がるイチョウの場と紅葉の暖色系の色が広がっている。

「足、痛いようならもう少し休むが、どうするか?」

「歩きます」

 空白の時間は何かを失っているようで、軽く罪悪感を感じそうだ。

「無理するなよ」


 小さな子供が慎重に行くように、一歩一歩慎重に歩く。


 一時間ほど歩くと、空から小さな雨が降り出した。

 リュックから日本の傘を取り出して、一本を私に手渡す。

 段々と地面に落ちていく雨粒の間隔が短くなっていく。

 風と共に、雨の匂いも強くなってくる。


 土道にできた水たまりの波紋が絶え間なく、広がる。

 冷たい雨が横殴りに打ち付け、傘を強く握りしめた。

 傘の銀色の骨組みが、風によって露わになる。

 防げていたはずの雨水が体に鋭く当たる。

 無様な姿になった傘をそっと奪い取られた。

 その傘を静かに閉じて、肩をそっと引き寄せる。

 傘の下の空間は狭くて、呼吸の音さえもはっきりと聞こえる。

 暖かく、仄かなぬくもり。


 傘に均一の当たる雨音が途絶えた。

 傘の外に手を伸ばすと、手に当たるはずの雫の感触はなく、冷たい空気を感じるだけだった。

 端夜が傘を静かに傾けて、閉じた。

 折り目に沿って綺麗に折りたたみ、リュックの中に入れた。