ブルーベリーカラー・レッスン

彼がぴしりとした口調でしゃべった。「hang out」ってなんだっけ? 「hang out」。意味。
こころなしか声も低くなったような気がする。つやめいて。
「I'd love to go to a bar with you tonight」
「え? え? えっと、ちょっと待って。速い速い」
私はスマートフォンをバッグから取り出す。英語の基本はできているがネイティブスピードにはまだ対応しきれない。光速に聞こえる。

「Would you like to go to a bar with me tonight?」
「え? バー? 何しに?」
真剣な色をサファイアの瞳にたたえている彼を見て、思わずへんてこりんな回答をしてしまった。口説かれている。口説かれているのだけれど、その事実をなかなか脳が認識してくれない。指紋認証と顔認証が必要なのかもしれない。二段階認証が。

「バーは何しに行くところですか?」
 彼が先生のように私にそう聞いてくる。ふんわりとしたほほ笑みを浮かべて。高いほっぺが香りそうなピンク色になっている。採りたての桃みたいなにおいがしそう。
「え、えぇと、カクテルを飲むところ?」
「そうです。私といっしょにカクテルを飲みに行きましょう」
「な、何で?」

この後におよんでウブな振りをするつもりはないが、私とバーへ行くことでこのひとに何のメリットがあるのだろう。私がカクテルに詳しいわけでもないのに。お酒だってたしなむ程度だ。決してきらいじゃないけど。
「I'd like to talk to you more and more」
(「もっと話をしたいから」)

 ぽかんとする私の顔を、彼の青い瞳がのぞきこんでくる。あぁ、吸い込まれそう。青に。(海のような)
(空の青をまとうひとの海の青の両目)

「Do you want to talk about Bonsai?」
「if you want」

からめとられた。サファイアの海に。とらわれた。アールグレイの上品な香りに。
(うばわれたブルーベリー。ふんわりと)

きらいじゃないな。


2025.08.07
蒼井深可 Mika Aoi