ブルーベリーカラー・レッスン

「お疲れ様です」
彼が入ってきた。手にはタブレットとポテトチップスの袋。それにオレンジ色のキャップのついた紅茶のペットボトル。ドアをくぐりきれずに頭をぶつけそうになってビクッとし、いったん後ろに下がる。おなじみの光景だが何度見ても不憫で面白い。ごめんね。
「そのメーカーのポテチ、すっかり気に入ったんですね」
「えぇ、とても美味しいです」

彼が私にニコッとほほ笑みかけてくる。はにかんだ笑顔だ。ロンドンっ子は日本人と気質が似ていて真面目でシャイだと言うのは本当なのかもしれない。
このポテチが昼食なのだ。イギリス人は質素で倹約を好む上、同じ食事をルーティンするのを厭わないと言う。今日も某コンビニの独自ブランドのサワークリームオニオン味のポテトチップとあったかーい350ミリリットルの紅茶。もう2週間くらい同じ昼食だ。
(この時期、どこで見つけるんだろう。あったかーい紅茶。自販機にあったかな?)
彼が入ってきたことで、休憩室の前の大窓が雲ひとつない青空を映しだしていると気づいた。あとで外に出て前庭の花壇をながめよう。夏バラやグラジオラスが元気だ。彼が今日着ている半そでのシャツも今日の青空みたいな色。つき抜けるようなスカイブルー。

「最近覚えた日本語は何ですか?」

食事を広げながら雑談をする。白い床、白い壁と数組の丸テーブルと椅子。以前は自動販売機があったが、今は置かれていたと言う名残の床のへこみしかない。ウォーターサーバーも撤去されてしまった。
窓には常に紅茶色の厚いカーテンがかかっているが、掃除のひとが入るので換気はしているらしい。いつも清潔にしていただいてありがたい。
「イイじゃん」

「え?」
この彼は笑うときいつもはにかむ。いつもふんわりと香るアールグレイの香水をまとっている。日本語の発音は上手いがネイティブではないとすぐにわかる。クリア過ぎるのだ。発音が。
話す声がとても優しいテノール。ヴァイオリンのよう。
口を閉めて笑うのが上品。ベージュピンクのふっくらした唇。口角がすっと上がる。実は良いところの出身なのかな。彼はあいまいな笑みでいつもごまかすけれど。
彼はポテトチップ用の箸を右手で持ち、チップを1枚ずつつまんで口に運んでいる。咀嚼音はさせない。器用だな。正しい箸の持ち方だ。ペンを使う時は左利き。