テレビ番組から届いた、新たな企画の打診。
それは、“天才兄妹によるクラシック連弾ステージ”。

けれど、担当マネージャーの父・一が口にしたのは——

「柚じゃなくて、理人と、連弾してみないか?」

「……理人と?」

怜は驚いたように眉を寄せた。
それもそのはずだ。
怜と理人、実は過去に一度だけ共演を断っている。

音楽の方向性が違いすぎたこと。
無言の衝突。
あのときから、ふたりの間には“微妙な距離”が生まれた。

でも——
今、家族として再会して。

同じ屋根の下にいて、同じように音と向き合うふたり。

「今なら、もう一度向き合えるかもしれない」
と、怜はピアノの前に座った。

◆数日後:練習スタジオにて

「……理人、入り、1小節遅れてる」
「……わかってる。けど、君が強すぎるんだ」

「……!」

怜は少し、肩を強張らせた。
でも、すぐに深呼吸して、譜面を見直す。

「……じゃあ、テンポ合わせよう。私が合わせる」

それは、怜にとって“譲る”ことではない。
“歩み寄る”ということ。

理人もまた、それに応えるように静かにうなずいた。

連弾は、相手の呼吸を読み、指先の空気を感じ合わないと成り立たない。
言葉でぶつかっても、音がすれ違えば意味がない。

2人は、音を通じて会話を始めていた。

◆夜、帰り道

スタジオからの帰り道。
街灯に照らされた横断歩道の前で、理人がふと口を開く。

「……あのとき、俺、君に負けたくなかった」

「……知ってたよ」

「でも今は……負けてもいいって、思ってる。
君の音に、溶けたいって思えるようになった」

怜は、一瞬だけ目を見開いて——
そっと笑った。

「私も。あなたの音に、触れていたいって思ったの、初めて」

それは、恋とか、憧れとか、そういう言葉じゃ足りない。
ただただ、心が響いた。
音楽でしか語れなかった2人が、ようやく言葉で、心で、交差した。

「……たぶん、好きなのかもしれない」
怜は、心の中でそう思った。

理人もまた、隣で小さく笑っていた。

「じゃあ、次の曲も作っていい?」
「……私が、弾いてもいい?」

「うん、君じゃなきゃダメだ」



🌙怜のナレーションメモ

音が重なるって、不思議。
息が合うって、ちょっと照れくさい。
でも、この人となら、沈黙すら心地いい。

ピアノは、誰かと分かち合うためにあったのかもしれない。