「ねぇ、詩ちゃん。今日のオーディション、こわい?」

朝、玄関の前で結斗が聞いてきた。
手には、大好きなリュック。リュックの中には、台本と、お気に入りの飴ちゃん。

「……うーん、ちょっと緊張はするけど、“こわく”はないよ」
「そっか!じゃあ、ぼくもこわくない!!」

にかっと笑った結斗に、私は少し救われた。
子役って、現場では“プロ”として扱われる。
小学生でも、大人の俳優と同じ土俵に立たされる。
笑顔も、涙も、セリフも。全部、“選ばれるため”に。

でも、結斗は……なんか違う。
すごく自然で、すごくまっすぐ。

「あたし、ちゃんと向き合えるかな。
この子と、仕事で。」

◆会場:都内のスタジオ

オーディション会場には、すでに十数組の子役たち。
私と結斗は、「姉弟役」でペア参加する形式。

オーディション内容は、即興芝居+商品説明のセリフ。
テーマは「夏の家族の思い出」。
スタッフが出したお題は……

「おねえちゃんが、弟に内緒でアイスを食べたことがバレて怒られる、という即興シーン!」

ええええええ!? なにそれ難しい!

でも——
結斗は、にこにこしながら立ち上がった。

「よーし、いっくよ〜、詩ちゃん!」

収録開始のカウントダウン。
私たちは、立ち位置に立つ。

◆オーディション本番

「おねえちゃん、冷蔵庫のアイス、ひとつ減ってる……」

「え、えっ、きのうの夜、減ってた……?」

「ねえ……食べた?」

「た、食べてないよ!?」

「……じゃあ、口のまわりのチョコ、なに?」

「……それは……えっと……」

「もうっ、ぼくの楽しみだったのにっ!!!」

ドン!

突然、結斗が床に倒れる(フリをして)。
「ショックでたおれた〜〜〜!!!」と全力演技。

会場、爆笑。審査員も拍手。

私は、つい笑ってしまった。
予定してたセリフと違うけど、全然良い。
というか、すごい。
この子、演技じゃなくて、感情でぶつかってる。

本気でやって、本気で楽しんで。
“芝居”を、“遊び”に変えてる。

「結斗くん、即興すごいね……」
「えへへ〜、詩ちゃんも、すごく真剣だった。うれしかった!」

◆結果発表

後日——

オーディションの結果が、届いた。

「CM出演、決定です! 詩さん、結斗さん、おめでとうございます!」

「やったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

飛び跳ねる結斗に、私は自然と笑ってしまう。
嬉しさもあるけど、それ以上に——

「また一緒に、芝居したいって、思っちゃった。」

この家で一緒になって、まだ数日。
でも、たった数日で、“また一緒にやりたい”って思えるのはすごいことだ。

◆夜のリビング

結斗はソファで眠ってしまっていた。
私の膝に頭をのせたまま、スースー寝息を立てている。

「……詩、眠い?」
リビングに来た理人が、私に小さく声をかける。

「んー……大丈夫。でも、結斗がぬくいから……ちょっとだけ眠くなってきた」

「ふふ、なるほど」

理人がソファの横に座って、静かに言った。

「詩は、演技が丁寧だよね。相手の感情を、ちゃんと受け取ってる」
「……うん。結斗が、投げてくれたから、受け取れたの」

「……いいチームじゃん」

その言葉が、じんわり嬉しかった。

「あたしたちは、“家族”で、“子役”で、
きっと、ずっと“チーム”なんだ。」



🌙詩のナレーションメモ

ひとりで戦うより、ふたりで笑うほうが強い。
誰かと向き合うって、難しいけど、温かい。
結斗となら、もっと遠くまで行ける気がした。
だからきっと、これが“はじまり”。