家の中が静まり返るころ——
時計の針は、もう0時を回っていた。
2階のピアノルームから、かすかな音が漏れてくる。
リビングの隅でその音を聞いていた私は、そっと廊下を歩いてのぞいてみた。
ドアの隙間から見えたのは、怜と理人だった。
ふたりとも、正面を向いて無言のまま。
でも、ピアノの鍵盤の上では、まるで“会話”をしているように指先が動いていた。
——ふたりは、音で話す。
言葉を交わすより、ずっと深く。
怜の音は、凛として、すこし寂しさを抱えている。
理人の音は、優しくて、でもどこか揺れている。
でもいま、ふたつの音が、少しずつ、同じ空気を纏いはじめていた。
やがて曲が終わると、理人がぽつりとつぶやいた。
「……高校生のとき、怜さんの演奏、何度も観てた。YouTubeで。
独学で作曲してると、限界くるから。……あの音が、支えになった」
怜は、少しだけ息をのんだように見えた。
「あなたの曲、……初めて聴いたとき、綺麗すぎて、泣きそうになった」
「そう?」
「うん。でも、どこか空っぽにも感じた。……まるで、誰にも言えない気持ちを閉じ込めてるみたいで」
理人は一瞬だけ目を伏せ、それから静かに言った。
「……それ、正解だよ」
怜はゆっくりと立ち上がり、ピアノの蓋を閉じた。
「……明日、また弾く? ちゃんとした連弾曲、合わせてみたい」
「……うん。よろしく、怜さん」
その“名前の呼び方”に、怜のまなざしが少しだけ揺れた気がした。
⸻
◆翌朝:キッチンにて
「んも〜!誰!? チョコパン食べたの〜っ!?」
朝のキッチンに柚の大声が響く。
「綾人くんでしょ! あれ私が昨日、ロケ後に楽しみに取ってたのにー!」
「え?俺、食べてないけど?」
「嘘つけ〜〜! アイドルの直感がそう言ってるんですけどぉ!!」
「やめろ!おまえだけ“アイドル法廷”持ってんじゃん!!」
くだらない言い合い。でも、それがなんだかすごく、家族っぽかった。
私はリビングの隅で朝ごはんを食べながら、ふと隣を見る。
そこには結斗がいて、いつものように満面の笑みでパンを食べていた。
「あれ? 結斗くん……それ、チョコパン?」
「うん! さくべつ……じゃなかった、さっきべつの冷蔵庫でみつけたのー!」
(※正しくは“さっき別の”)
「……ああ……」
私はため息をついた。
「この家族、きっと大丈夫。
音で話すひとも、
トークでケンカするひとも、
そしてチョコパンをこっそり食べちゃうひとも——
ちゃんと、つながっていく気がする。」
そのとき、結斗が私の顔をのぞきこんできた。
「詩ちゃん、なんで笑ってるの?」
「んー……なんでもないよ」
私はそっと返事をした。
でも、心の中ではちゃんと、知っていた。
——きっとこの人と、
私はこれから何度も、ケンカして、笑って、泣いて。
でも、何度も隣に戻ってくるんだろうなって。
⸻
🌙おまけ:深夜、理人のスマホメモ
【今日の演奏メモ】
怜さんと合わせた。
音が合う感覚、久しぶり。
言葉より信じられる。
——たぶん、もう少しで好きになる。
時計の針は、もう0時を回っていた。
2階のピアノルームから、かすかな音が漏れてくる。
リビングの隅でその音を聞いていた私は、そっと廊下を歩いてのぞいてみた。
ドアの隙間から見えたのは、怜と理人だった。
ふたりとも、正面を向いて無言のまま。
でも、ピアノの鍵盤の上では、まるで“会話”をしているように指先が動いていた。
——ふたりは、音で話す。
言葉を交わすより、ずっと深く。
怜の音は、凛として、すこし寂しさを抱えている。
理人の音は、優しくて、でもどこか揺れている。
でもいま、ふたつの音が、少しずつ、同じ空気を纏いはじめていた。
やがて曲が終わると、理人がぽつりとつぶやいた。
「……高校生のとき、怜さんの演奏、何度も観てた。YouTubeで。
独学で作曲してると、限界くるから。……あの音が、支えになった」
怜は、少しだけ息をのんだように見えた。
「あなたの曲、……初めて聴いたとき、綺麗すぎて、泣きそうになった」
「そう?」
「うん。でも、どこか空っぽにも感じた。……まるで、誰にも言えない気持ちを閉じ込めてるみたいで」
理人は一瞬だけ目を伏せ、それから静かに言った。
「……それ、正解だよ」
怜はゆっくりと立ち上がり、ピアノの蓋を閉じた。
「……明日、また弾く? ちゃんとした連弾曲、合わせてみたい」
「……うん。よろしく、怜さん」
その“名前の呼び方”に、怜のまなざしが少しだけ揺れた気がした。
⸻
◆翌朝:キッチンにて
「んも〜!誰!? チョコパン食べたの〜っ!?」
朝のキッチンに柚の大声が響く。
「綾人くんでしょ! あれ私が昨日、ロケ後に楽しみに取ってたのにー!」
「え?俺、食べてないけど?」
「嘘つけ〜〜! アイドルの直感がそう言ってるんですけどぉ!!」
「やめろ!おまえだけ“アイドル法廷”持ってんじゃん!!」
くだらない言い合い。でも、それがなんだかすごく、家族っぽかった。
私はリビングの隅で朝ごはんを食べながら、ふと隣を見る。
そこには結斗がいて、いつものように満面の笑みでパンを食べていた。
「あれ? 結斗くん……それ、チョコパン?」
「うん! さくべつ……じゃなかった、さっきべつの冷蔵庫でみつけたのー!」
(※正しくは“さっき別の”)
「……ああ……」
私はため息をついた。
「この家族、きっと大丈夫。
音で話すひとも、
トークでケンカするひとも、
そしてチョコパンをこっそり食べちゃうひとも——
ちゃんと、つながっていく気がする。」
そのとき、結斗が私の顔をのぞきこんできた。
「詩ちゃん、なんで笑ってるの?」
「んー……なんでもないよ」
私はそっと返事をした。
でも、心の中ではちゃんと、知っていた。
——きっとこの人と、
私はこれから何度も、ケンカして、笑って、泣いて。
でも、何度も隣に戻ってくるんだろうなって。
⸻
🌙おまけ:深夜、理人のスマホメモ
【今日の演奏メモ】
怜さんと合わせた。
音が合う感覚、久しぶり。
言葉より信じられる。
——たぶん、もう少しで好きになる。



