その日の午後。
私たちがまだリビングで“部屋割りバトル”の余韻を引きずっていたとき——
お母さんのスマホが鳴った。
少し話したあと、彼女は静かに立ち上がり、にこやかに言った。
「みんな、ちょっと聞いて。テレビ局から、取材のオファーが来たわ」
「……え?」
「テレビ?」
「密着って、あの“密着”!?」
ざわつくリビング。
私たち家族は全員、芸能人。取材や撮影なんて慣れてるはずなのに、「家族として」取材されるなんて、誰も想像していなかった。
「どういうこと?」と怜が眉をひそめる。
「再婚したばかりの“芸能人一家の新生活”っていう特集。しばらく密着して、バラエティ番組として放送するって」
「えー!おもしろそうじゃん!」と柚が手を叩く。
「バズりそう。話題性あるし」綾人がスマホを取り出して何かメモっている。
でも理人は、無言だった。ソファの端で、表情も変えずに座っている。
「理人くん、どう?」とお母さんが尋ねる。
「……わからない。家の中までカメラに入るのは、正直きつい」
彼は視線を合わせずに言った。
わかる。私も、ちょっとそう思った。
だって“家族”って、本来は仕事の顔じゃなくて、本当の顔を見せる場所でしょ?
そこに、カメラが入ってくるなんて……。緊張するに決まってる。
「でも……この家、絶対おもしろいよね!」
結斗がキラキラした目で言った。「テレビ、いっぱい出たい!」
「うーん、私はナレーションだけでいいんだけどな……」
と、小声でつぶやいた私は、すぐに柚に聞きとがめられた。
「詩〜、あんた主役っぽくなるかもよ? ほら、11歳の女の子視点とか、“一番視聴者が感情移入しやすい”ってプロデューサーさん言いそうじゃん」
「やだよ〜、そんなの〜」
「ナレーションとナマ出演、ダブルでいこう。いい画が撮れる」
とお父さんが軽くうなずく。完全に乗り気モード。
「郁斗はどうする〜?」と誰かが聞くと、郁斗は「ばーぶーっ!」と叫んで拍手を始めた。
まったく、君は天才か。
「というわけで——」とお母さんがまとめるように言った。
「明日から、テレビ局のクルーが家に入ります。最初はリビング中心、様子を見ながら各部屋にも入るそうです」
「えっ、明日!?」
「はやっ!!」
みんなが一斉に叫んだ。
⸻
◆夜:詩の部屋にて
その夜。私はベッドに入ったあとも、なかなか眠れなかった。
カメラが家に来るって、すごいことだ。
でも、それって本当に“家族”を映すってことだよね?
私たちはまだ、“本当の家族”になれていない気がする。
名前と顔は覚えた。年齢も仕事もわかった。
でも——心の距離は、まだ少し遠いまま。
「……私、大丈夫かな」
そうつぶやいたとき、スマホが鳴った。
通知を見ると、メッセージが届いていた。
送り主は、理人くんだった。
【理人】:取材、無理しないで
【理人】:しんどくなったら言っていい
【理人】:たぶん、君が“中心”になるから
私は思わずスマホをぎゅっと握った。
理人くんが、こんなふうにメッセージを送ってくれるなんて。
普段は無口なのに。
一番、感情を隠してるような人なのに。
【詩】:ありがとう
【詩】:でも、がんばってみる。せっかくだから
【詩】:理人くんこそ、大丈夫?
返事はなかったけど、既読はついた。
それだけで、なんだか少しだけ安心できた。
そして私は、目を閉じた。
明日からはじまる、“テレビが見てる家族生活”。
誰かに見られてるってことは、もしかしたら——
本当の自分と向き合うチャンスなのかもしれない。
私たちがまだリビングで“部屋割りバトル”の余韻を引きずっていたとき——
お母さんのスマホが鳴った。
少し話したあと、彼女は静かに立ち上がり、にこやかに言った。
「みんな、ちょっと聞いて。テレビ局から、取材のオファーが来たわ」
「……え?」
「テレビ?」
「密着って、あの“密着”!?」
ざわつくリビング。
私たち家族は全員、芸能人。取材や撮影なんて慣れてるはずなのに、「家族として」取材されるなんて、誰も想像していなかった。
「どういうこと?」と怜が眉をひそめる。
「再婚したばかりの“芸能人一家の新生活”っていう特集。しばらく密着して、バラエティ番組として放送するって」
「えー!おもしろそうじゃん!」と柚が手を叩く。
「バズりそう。話題性あるし」綾人がスマホを取り出して何かメモっている。
でも理人は、無言だった。ソファの端で、表情も変えずに座っている。
「理人くん、どう?」とお母さんが尋ねる。
「……わからない。家の中までカメラに入るのは、正直きつい」
彼は視線を合わせずに言った。
わかる。私も、ちょっとそう思った。
だって“家族”って、本来は仕事の顔じゃなくて、本当の顔を見せる場所でしょ?
そこに、カメラが入ってくるなんて……。緊張するに決まってる。
「でも……この家、絶対おもしろいよね!」
結斗がキラキラした目で言った。「テレビ、いっぱい出たい!」
「うーん、私はナレーションだけでいいんだけどな……」
と、小声でつぶやいた私は、すぐに柚に聞きとがめられた。
「詩〜、あんた主役っぽくなるかもよ? ほら、11歳の女の子視点とか、“一番視聴者が感情移入しやすい”ってプロデューサーさん言いそうじゃん」
「やだよ〜、そんなの〜」
「ナレーションとナマ出演、ダブルでいこう。いい画が撮れる」
とお父さんが軽くうなずく。完全に乗り気モード。
「郁斗はどうする〜?」と誰かが聞くと、郁斗は「ばーぶーっ!」と叫んで拍手を始めた。
まったく、君は天才か。
「というわけで——」とお母さんがまとめるように言った。
「明日から、テレビ局のクルーが家に入ります。最初はリビング中心、様子を見ながら各部屋にも入るそうです」
「えっ、明日!?」
「はやっ!!」
みんなが一斉に叫んだ。
⸻
◆夜:詩の部屋にて
その夜。私はベッドに入ったあとも、なかなか眠れなかった。
カメラが家に来るって、すごいことだ。
でも、それって本当に“家族”を映すってことだよね?
私たちはまだ、“本当の家族”になれていない気がする。
名前と顔は覚えた。年齢も仕事もわかった。
でも——心の距離は、まだ少し遠いまま。
「……私、大丈夫かな」
そうつぶやいたとき、スマホが鳴った。
通知を見ると、メッセージが届いていた。
送り主は、理人くんだった。
【理人】:取材、無理しないで
【理人】:しんどくなったら言っていい
【理人】:たぶん、君が“中心”になるから
私は思わずスマホをぎゅっと握った。
理人くんが、こんなふうにメッセージを送ってくれるなんて。
普段は無口なのに。
一番、感情を隠してるような人なのに。
【詩】:ありがとう
【詩】:でも、がんばってみる。せっかくだから
【詩】:理人くんこそ、大丈夫?
返事はなかったけど、既読はついた。
それだけで、なんだか少しだけ安心できた。
そして私は、目を閉じた。
明日からはじまる、“テレビが見てる家族生活”。
誰かに見られてるってことは、もしかしたら——
本当の自分と向き合うチャンスなのかもしれない。



