今年も、私は神社へと足を運んだ。うちの町内では神社が二つある。一つは大きくて、毎年他の県や街からの来客も多い、地元の観光地的な神社。でも、私はその神社ではなく、いつもこの大きな階段を登って行く、名のない神社に行っていた。なんでその神社なのかっていうと、その神社で毎年ある不思議な体験があって、どうしても毎回その長い長い階段を登ってこの神社に来ていたから。
 この神社と出会ったのは、私が5歳の頃。家に両親がいない頃、私は何かに引き寄せられた感じがして、すかさず家を飛び出した。気付いたらこの神社に来ていた、っていうこと。まだ幼かった私は、好奇心に負け、鳥居の奥へと進んでいた。その頃はまだ2月で、息を拭けば白い息が空に舞っていく頃だった。私は息を切らしながら階段を走った。

「...ねぇ!」
「...あなたは...?」

最後の鳥居を潜ると、何処かから声が聞こえた。前を見ると、優しく笑う女の子がいた。その子はなんだか嬉しそうな顔をして、私の手を引っ張った。その子の手は、少し冷たかったな。
 その子が私の手を引っ張った途端、私の目の前がびっくりするぐらいの大きな花畑になっていた。

「一緒に遊びましょ!」
「う、うん!」

 私はその子とたくさん遊んだ。花冠を作ったり、小川でお喋りしたり、一緒に追いかけっこしたり、なんとも不思議な体験だった。その子はとっても嬉しそうな顔をしてたっけ。
 空が夕焼け空になった時、その子は私の手をより強く握った。

「どうしたの?」
「来て...」

その子は希望に満ちた顔をして、花畑の奥を走った。私も一緒にその子を追いかけた。
 かなりの距離を走ったと思う。目の前には神社を登る階段とは比べ物にならないぐらいの大きくて長い階段が聳え立ってた。

「一緒に登ろう!」
「え!...わかった」

私はその子と手をつなぎながら階段を登った。どんどん登るほど、その子の手は暖かくなっていった。階段を登る途中、その子ぐらいの男の子だったり、大きな三毛猫が階段を降っていったりもした。

「ねぇ、あの子たちはどうして降りていったの?」
「私と同じだよ、人間と遊ぶため...」

その子はそんなあやふやなことを言いながら、階段を登っていった。
 でも、その時、5時のチャイムが鳴り響いた。

「ごめん。また遊ぼう!」
「うん!また会おうね!」

その子は残念そうな、淋しそうな顔を笑顔で隠しながら私に別れを告げた。私も少し寂しかったけど、その子に手を振った。


「あれ...ここって...」

 私はいつの間にか家の中に戻っていた。手にはしわくちゃのもう枯れているあの花冠。私はその日から、あの子のことが忘れられなかった。
 どうやらそのことを、大人はみんな『神隠し』っていうんだって。



 私はあの子と会ってまた遊ぶために、今年もそうやってこの神社へ来ている。ようやく階段を登りきり、私はドキドキしながら鳥居をくぐった。

「今年も来てくれたんだね!」
「うん、また遊ぼ!」

その子は私の手を引っ張った。
 やっぱり、またあの大きい花畑の中にいた。その子は、私の手をまた握った。その子の手は、前よりもっと冷たかった。その子は思い切ったように口を開いた。

「あ、あのさ!あなたの名前は...」
「み、美景(みかげ)!あなたは...」

「私も美景!」

 美景...そうだ。美景。それはあの神社の名前。だからその子、美景は神様。

「ねぇ、思い出した?無理やり忘れてたんだよね?自分が神様だってこと...」
「うん...ごめん」

そう、そして私も神様。森の神様。この森は小さいから、またしてはなんの手入れもされてないから、もう手遅れだって、美景をおいて私は人間になった。
 でも、美景はずっと私を神隠しで元に戻そうとしてくれてたんだ。

「守って、この森を。私たちは双子。二人で一つの神様。美景がいないと、この森は守れないの」
「ごめんね...ごめんね。怖かったの。こんな小さい森だと、すぐ壊れて私も死ぬんじゃないかって...」

私と美景は抱き合った。そう、私は神様。怖いなんて思ってる暇はない。守るんだ。森の守神として...。

「行こう...」
「うん...」

私と美景は手をつなぎながらあの階段を登った。私が神様に戻るために。私の人間に姿も階段を登っていくと崩れて神様の姿に戻った。美景とそっくりな顔になっていった。美景の手もだんだん暖かくなっていく。
 そして、最後の一段を登りきると、私たちはあの神社に立って、森を守るために姿を消した。
 

【もう、私は怯えない。この森を守るために】


私は誓った。