身代わりお嬢様は生徒会に溺愛される

ルミナス学園、生徒会室。

そこは、限られた者しか足を踏み入れることのできない、いわば「聖域」。
ルミナス学園の中でもひときわ豪華な造りとなっている。

広々とした室内の真ん中には、革張りの大きなソファ。
キッチンスペースやシャワールームもついている。

今、生徒会の男子4人は、ソファでくつろぎ、なにやら楽しそうに雑談している。
高級感あふれる空間にぴったりの、美しく、どこか品のある若者たち。
リラックスした表情は、まるでバカンスの真っ最中のような……。

……いやいや。

「あのー……」
 私が声をかけると、
「なぁに、まりあ。あれ、口に合わない?」
 と、にこにこ顔の海斗君がテーブルをちらりと見て首をかしげる。
 ソファの前のローテーブルには、銀のお皿に乗ったサンドウィッチと、ケーキ、クッキー、マカロン、チョコレート、フルーツの盛り合わせ、それからまだ湯気の立っている紅茶。
 どれも本当においしそう、なんだけど。
「ううん、そうじゃなくて」
 私は、部屋の壁に掛けられた時計を見る。
 9時30分。
「もう授業始まってるんじゃない? 早く行かないと、遅刻しちゃう」
 私がいうと、海斗君は「ああ、そういうこと」と笑う。
「あのね、僕たち生徒会は、ここで授業を受けていいことになってるんだ」
そういって、海斗君はソファの前の大きなテレビをつける。
 すぐに、画面に黒板を背にした先生の姿が映る。
 えええ! これって……。
「教室ってさ、狭いし、たくさん生徒がいて、息苦しいじゃん? ずっと机に座ってると疲れるし。だから、俺らはいつもここで授業を受けてるんだ」
「つまり、リモート授業ってこと……?」
「そう。だから、安心してゆっくりお茶でも飲んで♡」
 にこっとほほ笑んで、となりに座っている一樹君との会話に戻る海斗君。
 リモート授業……。
 朝比奈家のお屋敷にいるときも、そうだった。
 学校には通わず、通信で授業を受ける毎日。
 先生たちは親切で、わからないところもちゃんと教えてもらえたけど、でも私はやっぱり「学校」っていう場所に行ってみたかった。
 せっかく、すぐそこで先生の授業が受けられるというのに、リモートなんて!
「あの!」
 わたしが立ちあがると、4人がいっせいにこっちを向く。
「あ、あの……。私……、私、教室で授業を受けたいです!!」

「……ったく。めんどくさい女だな」
 先頭を歩く天王寺君がそういって、小さく舌打ちする。
「ご、ごめんなさいっ」
「いや、まりあは謝らなくていんだよ! もう! 亘ってば、まりあの悪口はオレが許さないから! っていうか、イヤなら来なくていいんだよ。別に、オレとまりあだけじゅうぶんなんだから」
 私のとなりを歩く海斗君がそういって。
私たちの後ろから、
「なんだよ、海斗。抜け駆けは許さねえ!」
 そういって笑う一樹君と、
「オレは前から時々教室で受けていたから。勉強する場所を変えるのは良い気分転換になる」
 いつも通りの真面目な表情の蓮君が歩いてくる。
「だいじょうぶ。よく考えたら、まりあは学校に通うの初めてなんだもんね。そりゃ、教室で授業受けるのも大事な経験だよ♡」
 優しすぎる海斗君がそういってほほ笑んだそのとき、天王寺君が立ちどまった。
「ここ?」
 私は扉の上のプレートを見あげる。
 2年1組。
「入るぞ」
 天王寺君がけだるそうに扉を開けると。

「ぎ、ぎゃぁぁぁぁぁぁあぁ!!!」

 悲鳴のような歓声。
「天王寺さんよおっっっ!」
「生徒会のみなさんが、どうしてここに!?」
「うそでしょっ、信じられないっ!!
 女の子とたちの歓声を受けても、4人は涼しい顔。
「さ、まりあ。オレ達の席はあそこだよ」
 教室の最後列に、だれも座っていない席が5つ。
 これが、この4人とわたしの席らしい。
「さ、どうぞ」
 海斗君のエスコートで真ん中の席に座る。
 私の左となりが海斗君、右となりが天王寺君。
 黒板に目をやると、今は英語の授業中らしい。
 チラッ、チラッとクラスメイトたちの好奇の視線を感じながら、私は教科書を開く。
 と、同時に、教壇の若い女性の先生がにこりと微笑んでわたしたちのほうを見た。
「キミたちが教室で授業を受けるなんて珍しい。久しぶり。How have you been? Have you been studying properly on your own?(元気だった? ちゃんと自分で勉強してた?)」
「Of course. I believe I will be able to achieve a good score on the next test.(もちろんです。次の試験ではいい点数を取れると思います)」
 隣の海斗君が、スラスラと当たり前のように先生と英語で会話していて。
 す、すごい!
「で、あなたが転入生の朝比奈さんね? 教室に来るのは初めてかしら? Can you introduce yourself in English?」
「は、はいっ! えっと……」
 先生の言った言葉はなんとなく聞き取れた。英語で自己紹介して、って意味だよね?
 自己紹介……えー、なんていえばいいの!?
 あわあわとうろたえていると。
「Since she is a celebrity, there is no need for an introduction. Everyone knows about her.(彼女は有名人で、みんな彼女のことを知っているから、自己紹介は必要ありません)そんなことより先生、You’ve gotten even more beautiful since I last saw you, did something happen?(しばらく見ない間に、ますますキレイになったけど、なんかあった?)」
 天王寺君がそういって、先生が「きゃっ、わかるぅ?」と照れてみせて、教室中がどっと笑いに包まれる。
 え、なに? なんていったの?
 話すスピードが速すぎでぜんぜん聞き取れないよっ!
 英語のリスニング、けっこう自信があったのに。
この学校の子達、すごい!
私もがんばらなきゃ。
それと……。
私は、ちらっと天王寺君のほうをうかがう。
(……私が困ってたから、助けてくれたんだよね……?)
天王寺君はもうつまらなそうに窓の外を眺めていて、私はその横顔に、「ありがとう」と心の中で手を合わせた。
 
 そのあとは……、あっという間だった。
 この日の最後、4時間目の数学の授業を終えて廊下に出ると。
「まりあ、どうだった? 疲れてない?」
 海斗君が心配そうに私の顔をのぞきこむ。
 私は大きく首を横に振る。
「最高に幸せだった……!」
 さすが、ルミナス学園。
 先生たちの授業はとても面白くて、ぐいぐい引き込まれた。
 クラスメイトたちもみんな優秀で、最初こそは、生徒会4人の登場に色めき立っていた教室も、すぐに落ち着いて勉強モードに入って。
 みんな真剣そのもの。
 先生にするどい質問をして、それに先生たちが真摯に向き合って、答えて。
 はぁ。
 生徒会の4人も、勉強はサボってるのかと思ってたのに、めちゃくちゃ頭が良くて。
 私はついてくのがやっとでヘトヘトだけど、でも、こんな環境で勉強できるなんて、なんて幸せなんだろう……。
 ほくほくとした気持ちで幸せを噛みしめていると。
「じゃ、生徒会室に戻ろうか。昼、なに食べる?」
 時計をチラリと見ながら一樹君がいって、他の3人が私の顔を見る。
「え、えっと……」
 ここ、ルミナス学園には、食事をとれる場所がいくつかある。
 高級レストランみたいな食堂、サンドウィッチやパンがメインのカフェが2つ、それから、寮の食堂。
 朝と夜は、基本的に寮の食堂で食べると決まっていて、お昼ごはんは自由。
 食堂やカフェで食べたり、テイクアウトして教室で食べたり、ピクニック気分で外で食べたり。
 どれも素敵だけれども、でも私は……。
「私、このあと図書館に行きたくて。だから、お昼は図書館のカフェで食べようかな」
「いいね、じゃ、オレも図書館行く~」
 そういって歩きかけた海斗君の肩を、蓮君がガシッとつかむ。
「海斗はこのあと理事長とのミーティングがあるだろ!」
「え、そうだったっけ?」
「そうだよ」
「えー、まりあとランチ、すっごい楽しみにしてたのにぃ」
 ぷくーっとふくらむ海斗君のほっぺ。
「図書館か。まりあ、1人で平気か? だれか、付き添いをつけようか」
 心配そうな顔の蓮君。
「ぜんぜんだいじょうぶ! じゃ、またあとで。ミーティング、がんばってね!」
 4人に手を振って、私は足早に図書館へと向かう。
(早く、早く)
そして、図書館の2階の自習スペースに席を取り、教科書類を机に出す。
(復習しなきゃ。あと、予習もしたい!!)
 これまで、自分なりに勉強してきたつもりだったけど、ぜんぜん足りない。
 もっともっと、勉強しなきゃ。
 私は、ペンケースの奥から、小さく折りたたんだ紙を取りだす。
 もう何年も前に、旦那様が読む新聞を整理していた時に見つけたチラシ。
 「奨学金、返還不要」の赤い文字。
 新聞社が出している奨学金で、大学の学費と生活費がもらえて、返さなくてもいいらしい。
 もちろん、条件はすごく厳しくて、かなり成績がよくないともらえないらしいんだけど。
でも、この奨学金をもらえたら、朝比奈家を出て、一人暮らしをして、大学へ通うんだ……!
なんとか大学へ行って、そして、小さい頃からの夢をかなえたい。
私の小さいころからの夢……それは、お医者さんか看護師さんになること!
あの事故のとき、私の気持ちに寄りそってくれたお医者さんや看護師さん……。
 あんなふうに、人を助けられる仕事をしたい。
 今までは、ただの夢だったけれど。
 この学校でがんばって勉強したら、もしかしたら、叶えられるかもしれない。
(よーし、かんばるぞ!)
 ちょっとお腹が空いていたけれど、それよりも今は少しでも勉強したくて。
 私は教科書を開いた。