身代わりお嬢様は生徒会に溺愛される

そこからは、あっという間だった。
制服の採寸とか、ルミナスの転入試験(落ちることはないけれど、転入生はみんな、受けなければいけないみたい)とか、私服や寮で使う物の準備とか、まりあちゃんの小さいころの交友関係についてレクチャーを受けたりとか。
それはそれは忙しい日々を過ごして。
 そして今、私はルミナス学園に向かう車の中にいる。
(これが、ルミナス学園の制服……)
 茶色いブレザーに、白いシャツ、赤いリボン、チェックのスカート。
 黒いソックスと革靴。
 真新しい革靴の先がピカッと光っていて、なんだかワクワクする。
(……ダメ。これは大事な仕事なんだから)
 お屋敷を出る前、見送りに出てくれたアリスちゃんの顔が浮かぶ。

「美音おねえさまっ」
 そういって、アリスちゃんは私の胸に飛びこんできてくれた。
 奥様に見られたら叱られてしまうのに、それでもアリスちゃんは昔のまま私のことを姉のように思ってくれている。
 ぎゅーっと、名残惜しそうに抱きついて、それから私を見あげてアリスちゃんはまぶしそうな顔で微笑んだ。
「美音お姉さま。制服、とってもお似合いです」
「ありがとう、アリスちゃん」
「でも寂しい……。夏休みには、ぜったいに帰ってきてくださいね」
 しゅんとした顔のアリスちゃんを、私はぎゅっと抱きしめて誓った。
 こんなに可愛いアリスちゃんをキケンな目に合わせるわけにはいかない。
 私はぜったいに裏切り者を見つけ出して見せる、って。

 お屋敷を出て30分ほどすると、窓の外の景色が住宅街から穏やかな里山の風景に変わってきた。
 そこから更に20分。
 森の中に、立派な校門が見えてきた。
 門番の人にチェックを受けて、次の門へ。 
 ほどよく手入れされた木々は穏やかで、木陰から今にもリスが現れそうな雰囲気。
「すごい。まるで、童話に出てくる森みたい」
 思わずつぶやくと、運転手の林野さんがにっこりとほほ笑む。
「この森は東京ドーム10個分の敷地だそうですよ」
「東京ドーム10個分……」
 それって、どれくらいの広さなんだろう。想像もつかない。
「この学園にはここ以外にも日本各地、そして外国にも校舎があるんです。坊ちゃん……、美音お嬢様のお父さまは特にニュージーランドがお気に入りでした」
 自然に囲まれた学園。
 ここで、お父さまはお母さまに出会ったんだなぁ。
 2人はどんな生徒だったんだろう。
 鼻の音がツンと痛くなる。
 ここで青春を過ごしていた頃は、まさか、若くして命を落とすことになるとは、夢にも思っていなかっただろう。
 ざわっと木々か揺れて、同時に、若々しいいくつもの声が聞こえていた。
「わぁ……」
 森の中とは思えない、大きな建物が現れる。
「これが校舎……」
 レンガ造りの校舎には、蔦が絡まっていて、いかにも歴史と伝統がありそうな趣ある佇まいで。
 その前にはいくつも車が並んでいて、登校してきた生徒たちが、明るい顔で建物の中に吸いこまれていく。
わくわくした気持ち、それと同時に、きゅっと手に力が入る。
この学校のどこかに、私の……というか、本当は朝比奈まりあの……命を狙ってくる人物がいる。
つらい毎日の中で、もう生きているのがイヤだと思ったことはたくさんあった。
けど、それでもだれかに命を狙われるかもしれない、というのは恐ろしかった。
私を乗せた車は校舎の前にぴたりと止まり、制服姿の生徒たちが、「だれだろう」という表情でこちらを見ている。
林村さんが、そっと振りかえる。
「本当にお一人でだいじょうぶですか」
「ええ、もちろん」
「美音お嬢様。くれぐれもお気をつけて。なにかあったら、すぐに私にご連絡ください。旦那さまや奥様ではく、私、もしくは警察に」
あまりに真剣な表情でそういうから、私は少し笑ってしまう。
「大丈夫。ご心配なく」
そういうと、林下さんは、ふぅ、と大きなため息をついて、それから扉を開けてくれる。
さぁ。行かなくては。
車から降り、校舎を見あげる。
まぶしい。
大きく息を吸うと、森のにおいが身体中を駆け巡る。
ああ、気持ちいい。
「あれ? あんな子いたっけ?」
「だれだろう、転校生?」
「わかんないけど、可愛い」
いつの間にか他の生徒たちが集まってきて、「ごきげんよう」「ごきげんよう」と上品にほほ笑みながらも、興味津々、といった顔でこちらを見ている。
(こ、こわい……、逃げたいっ)
弱虫で人見知りな私は思わず逃げ出したい気持ちになって……ぐっとこらえる。
私は朝比奈まりあ。元気で明るくて可愛くて天真爛漫な朝比奈家のお嬢様。まりあちゃんだったらきっと、こんなときは……。
「ごきげんよう。朝比奈まりあです。今日からよろしくお願いします」
 精一杯、明るく堂々とした声でそういうと。
親し気に声をかけてきてくれた子達が、はっと息を飲んで後ろずさる。
 あれ? なんか、変だったかな?
「あ、あの……」
私がいちばん近くにいた女の子に声をかけようとしたとき、
「きゃぁっ!」という歓声が上がり、私を囲んでいた生徒たちがさっと左右に分かれて、道ができる。
え? なに?
視線をその先に向けると。
(うわぁ……)
一目見て、女の子たちの歓声の意味がわかった、気がした。
校舎を背に、4人の男の子たちがゆっくりと笑顔で歩いてくる。
4人とも、ルミナスの制服に身を包んでいるんだけど……まるで、モデルかアイドルグループみたいにかっこよくて、キラキラしたオーラが出てる!
だけど、私はその4人の顔を見て、キュッと緊張した。
お屋敷で、何度も写真を見せられた顔。
この4人こそが、アリスちゃんの婚約者候補、つまり……、裏切り者はこの中にいる!!
4人はまっすぐこっちに向かって歩いてきて、私の前で止まった。
「まりあちゃん。ようこそ、我がルミナス学園へ。オレは橘一樹。よろしくね」
 いちばん左にいた、背の高い男の子が、優しい顔でそういって私に手を差し出す。
 橘一樹。橘財閥の御曹司。
(え、握手、するの……?)
 恐る恐る手を出すと、一樹くんはそっと私の手をとって、チュッと口づけをした。
「えええええっ!!」
 私はびっくりしてあわてて手を引っ込める。
「きゃああああ!」「いいなぁ!」と、周りの女の子たちの声が聞こえてきたけど、ぜんぜん良くないっ!
「もう、一輝っ! ごめんね、まりあ。一輝はほんと女ったらしで……。でも、久しぶりに会えてほんとにうれしいよ。これからよろしくね」
 そういって私と一輝くんの間に割って入ってきたのは、金橋海斗。
 海斗君は、まりあちゃんと同じ幼稚園に通っていたお友だちらしい。
 つまり、幼馴染。
 ふわふわの髪の毛に、くりくりの丸い瞳。温かい笑顔。
 なんだか目をあわせるだけでほっこりする子だ。
「それから、こっちが涼宮蓮。ルミナスの中等部の生徒会長」
 海斗君に紹介されて、右端に立っていた背の高い眼鏡の男の子が、小さく会釈する。
 涼宮蓮。涼宮家の御曹司で、 IQ128の天才。
 にこりとも笑わず、じっと私を見ていて。
……なんか、近寄りがたい感じかも。
「で、こっちが……」
「オレのことは、もちろん知ってるよな?」
 自信満々の表情で腕組みしてこっちを見ているのは、天王寺亘。
 きゃぁっと、ひときわ大きな歓声が上がる。
 私は、きゅっと身を引き締める。
 天王寺亘。天王寺家の御曹司。
 執事の伊藤さんによると、天王寺家の現当主、つまり亘君のお父さまははかなりのやり手で、この数年、天王寺家は勢いを増しているらしい。
 朝比奈家と、天王寺家、涼宮家、橘家、金橋家の関係は、元々は朝比奈家が明らかに格上という位置づけだったけれど、天王寺家の躍進でその関係性に変化が起こっていて。
 現在、天王寺家は朝比奈家と並ぶか、それ以上の名家となっている。
 だから、伊藤さんは、天王寺家には要注意、っていってたけど……。
 目の前の天王寺亘君に目を向けると、彼は私のことを頭の上から足元までじっと見て……「なるほどね」とつぶやいてニヤッと笑った。
 なるほど??
 どういう意味??
 なんか……値踏みされたみたいで、居心地の悪さを感じていると。
「さ、まりあ。行こう。オレたちが学校の中を案内するよ。荷物、貸して?」
 そういって、海斗君がにこにこと私のバッグを持ってくれる。
「え、いいよ、だいじょうぶ、自分で持てる」
「だーめっ。まりあはまだ、やっと元気になったとこなんだから、ぜったいムリしちゃだめなんだよ。いいね?」
 そういって、くしゃっと笑う海斗君。
 そんな海斗君の横で、蓮君と一樹君がそれぞれ私のスーツケースを持ってくれている。
 なんて優しいんだろう。
「ありがとうございます」
 私がぺこりと頭を下げると、海斗君がきょとんとした顔で首をかしげる。
「なんか……、まりあ、しばらく会わないうちに変わった?」
 ドキッ。
 し、しまった。
 今の私は、明るくて天真爛漫な「朝比奈まりあ」なのに。
 暗くて引っ込み思案な「朝比奈 美音」が出ちゃった。
しっかりと、まりあちゃんを演じなきゃ!
「え、えっと……」
 私がなにか言い訳しようと口をもごもごさせてると。
「ま、どんなまりあでも、オレの気持ちは変わらないけどね」
 そういって、海斗君はまっすぐ私を見た。
「オレの両親はね、ここルミナスで仲良くなって、今でもずっと超仲良しなんだ。だから……、これもまりあとそうなれたらな、って思ってる」
 ちょっと恥ずかしそうにはにかみながら海斗君がそういって、私もなんだか恥ずかしくなって、顔が熱くなる。と。
「いや、ちょっと待った」
 一樹さんがニヤニヤしながら私たちの間に割って入る。
「なんかいい感じの雰囲気出すの、やめてもらえる? まりあちゃん狙ってるのは海斗だけじゃないから。こんなかわいい子、オレだって本気で狙いにいくから、そのつもりで」
「『かわいい』とか『狙いに行く』とか、一樹、お前は本当に軽い男だな」
  蓮君があきれ顔でそういうと。
「なんだよ~、蓮だって、まりあちゃんに興味深々のくせに」
「オレは別に、恋愛とかそんなことはどうだっていい。ただ……」
 蓮君が、私のほうを見る。
「オレの家は元々、朝比奈家の数代前の当主に取り立ててもらって今があるんだ。つまり、朝比奈家には恩がある。だから……、君になにかあったら、オレが全力で守る。困ったことがあったら、なんでも言ってくれ」
蓮君がそういって、海斗君と一樹君が顔を見あわせる。
「蓮ってさぁ、なーんか、カッコつけだよね」
「ほんと。『朝比奈家には恩がある』だって。そんなの、聞いたことある? ぜったいまりあちゃん見て可愛かったから言ってるだけだろ」
「ちがうー! オレとお前をいっしょにするな!」
 わちゃわちゃと揉めはじめた3人に、私はハラハラしてどうしようと思っていると、天王寺亘君が「おいおい」と余裕げな表情で声をかける。
「ったく。お前ら。自分が選ばれたくて必死かよ」
「なんだよ。じゃ、亘はこの男の戦いには不参加ってことでいいね?」
 じろり、と海斗君が亘君を見ると、亘君はふんっと鼻で笑う。
「逆だろ、逆。オレをだれだと思ってんだよ」
そう言って、亘君が私を見る。
「朝比奈家といえば名家中の名家。……というのは、数年前までの話。今じゃ、時代の流れに取り残されて没落寸前、って聞いてるぜ。今となっては、うちの家のほうがすべてにおいて上だ」
 亘君がニヤリと笑いながら近づいてくる。
没落寸前?
 そうなの?
 そんなの聞いていない。
 だけど……、知らないのって変かな。
 わたしが本物のまりあちゃんだったら知ってる話なんだろうか……わからない。
あぁ、こんなとき、まりあちゃんだったらどうする!?
 私が反応に困って言いかえせないでいると、亘君はふふん、とからかうような視線で私の顔をのぞきこむ。
「で、そんなタイミングで娘をこのルミナスに送り込んできたってことは……ま、ふつうに考えて、娘をオレら4人のうちの誰かに嫁がせて、なんとか朝比奈家を守ろうってことだろ」
 そうなの?
 叔父様は、たしかにこの4人がアリスちゃんの婚約者候補だといった。
 でも……、それって、そんなの、家のために嫁ぐ、だなんて。
 だけど……今の叔父様なら、やりかねない。
 わたしは目を伏せる。
 と。
「朝比奈家の娘なんて、めんどくさそうで興味がなかったが、お前の顔を見て気が変わった」
ワタル君はそういって……わたしのアゴに手をそえて、無理矢理にぐいっと上を向かせた。
 え……?
 無理矢理に視線が合う。
 キレイな顔。
 自信に満ち溢れて、怖いものなんかなにもない、この世はすべて自分のものって顔してる。
 ……私とは、正反対。
 目をそらしたいのに、そらせない。
 蛇ににらまれたカエル。
「選ぶのはお前じゃない。オレだ」
 そういって、亘君はぐいっと自分の顔を私に近づけてささやく。
「朝比奈まりあ。お前、オレを惚れさせてみろよ!」
「……っ!」
 私は大きく目を見開いて……私たちはまっすぐ見つめあう。
一秒、二秒。
どのくらいそうしていただろう。

すると。
「わ~た~る~~~~~~~!!」
 ぐおおおおおお、と怒りのオーラをまとった海斗君が私と亘君の間に割って入ってきて。
「あ、やばっ。海斗がキレた」
一樹君が止めようとしたけど、もう遅い。
「まりあに失礼なこというな! ってか、さわるなっ! 早く手を離せっ」
「うるさい! お前、最近ちょっと生意気だぞ」
 あわや一触即発、どうしよう! と思っていると。
「とまぁ、そんなわけでね、俺たち全員うっすらまりあちゃんのことを狙ってるけど、そんなことは気にせず、楽しい学園生活にしようね♡ さ、行こう、学校の中を案内するよ」
 そういって、一樹さんが亘君を、蓮君が海斗君の肩をがっしりつかんで引き離した。