占い師は、あの人の幸せを願う彼に、恋をした

彼が席を立ったのは、それから少しあとだった。

丁寧に頭を下げ、「今日はありがとうございました」と静かに言った彼の声は、
最初にここへ来たときよりも、わずかに軽くなっていた。

私は「どうぞ、お気をつけて」と微笑み返し、
彼の背が雑居ビルの階段の向こうに消えるのを見送った。

部屋の扉が閉まり、静けさが戻る。

ふぅ、と息を吐き、私はテーブルの上に目を落とした。
まだ片づけていないタロットのカードが、そこに並んでいる。

「……節制」「恋人」「世界」

整ったその並びは、まるで祈るような美しさだった。
あれほどの展開が出るなんて、正直、驚いている。

私はカードの端に指を置きながら、そっとまぶたを閉じる。

その奥に、再び“あの瞬間”が浮かぶ。
——未来のカードを引いたときに、頭をよぎった、自分の名前。

花さんでもなく、他の誰でもなく。
彼の未来に、現れたのは私だった。

もちろん、それを伝えることはしなかった。
そんなことを言っても、混乱を招くだけだ。
今の彼にとって、大切なのは“自分の気持ち”に正直であることだと、私は知っている。

だから私は、あのカードに意味を持たせなかった。

それに、“芽”が出たわけじゃない。
あくまで、これは未来の話。
気配があったとしても、それはまだ、ほんの微細な揺れにすぎない。

でも——

「……かっこよかったな」

ぽつりと、誰に聞かせるでもなく呟いた声が、
部屋の静けさに溶けていく。

私は少しだけ頬をゆるめて、カードを一枚ずつ片づけ始めた。