音の放浪者

「ねえ、そういえば寄川先輩っていつ来るの?」



彩世が私にそう問う。



「放課後すぐ来るって言ってたけど……」



私は彩世の問いかけによって2年のベース担当、寄川先輩に私のベース指導を頼んでいたことを思い出した。

確かに、もうしばらく経つが寄川先輩が来るような気配はなかった。

すると部室の扉が開き、寄川先輩が顔を覗かせた。
噂をすれば影が差す、だ。



「ごめん!俺ちょっと急用が出来ちゃってさ、今度必ず教えるから今日は教則本読みながらの練習してもらうっていう感じでいい?マジでごめん!」



寄川先輩は一息でそう言うと忙しそうに何処かへと去っていってしまった。

すると綾瀬が口を開く。



「あらー、練習できないってね」


「楽しみにしてたんだけどなあ……」



私は思わずそう口を零した。



「ていうか、風音って中学のときにベース弾いた経験あるんだし、別に教えてもらわなくても大丈夫なんじゃないの?」



彩世がそう問いかける。

私は中学時代、ベースを教えてくれる人がおらず、ほぼ独学でベースを弾いていたのでしっかりと基礎からやり直したいということを伝えた。

すると彩世は腕をくんで唸った。


「うーん、私が教えてあげられたら良かったんだけど……」


「俺、ベースも弾けるけど」



そう言ったのは蓮城くんだった。



「え、蓮城ベースも弾けるの!?」


「俺にかかればちょちょいのちょいだぜ?」



蓮城くんはおどけたように言った。



「四輝は器用貧乏なんだよ」


「失礼な、マルチプレイヤーと言え」



鳴滝くんが挑発するようにそう言うと、蓮城くんは食ってかかった。



「まあ、今日は蓮城が風音にベースを教えればいいじゃん。風音はそれでいい?」


「教えてくれるのなら凄い有難いし、私はそれでいいよ」



私がそう言うのを確認した蓮城くんは、学校にある貸し出しのベースと部室の端にあった椅子を持ってわたしの前に座った。