気まぐれヒーロー




小春の目から溢れた涙が、何度も頬を伝って零れ落ちていった。



“信じてるから”



私に視線を落とした彼女は、そう囁いて微笑んだ。


迷いのない綺麗な瞳が、光る雫に煌めいて、私にはどんなものよりも美しく見えた。



私がずっと欲しかった言葉

ずっと、求めていた言葉


何よりも欲しかったその言葉を、くれる人はいないと思ってた。


疑心暗鬼になって、誰もかれもを疑って……ひとり、怯えていた。


でも、そうじゃなかった。

私が、信じていなかったんだ。


私が……壁を作ってた。



こんなにも、近くいたのに。

私を理解してくれる人が、寄り添ってくれる人が

こんなにも近くに、いたんだ。



「ハイハイ、感動の友情だよね~。バッカみたい。気が済んだ?」


そのとき、耳に冷たい声が刺さる。
本城咲妃だ。その声は冷笑を帯び、空気を一瞬で凍らせた。

低い声音は田川に聞かせるような、甘ったるい声じゃない。

別人のようだった。



「そんなに友達が大事ならさあ、あんたが身代わりになってよ」



そして……事態は最悪の方へ、傾いていく。


標的が私から小春へと移り、複数の手が襲いかかった。彼女の動きがみるみる封じられていく。



「やめて、お願い!!小春は関係ないんだよ!!」



私もさっき同様捕まって、抵抗しようとしても押さえつけられ無駄だった。



「関係ないなんて、言わないで」



必死で叫ぶ私を止めたのは、揺るがない、芯の通った声。

小刻みに震える体を堪え、小春は凛とした言葉を紡ぐ。



「決めたんだ、もう。何があっても、一緒だって。ね?ももちゃん。関係ないなんて言って欲しくないな……悲しいから」



寂しそうに笑う小春は、私に言葉を忘れさせた。

彼女の表情に、確かな強さを……私は見た。



「せっかく可愛い顔してんのに、もったいねーよなあ」



それでも、状況は変わるはずもなくて。

最悪なことに変わりはない。


小春の白い肌へ、タバコの火がゆっくりと近づいていく。

どうにかしたくてがむしゃらに暴れても、押さえつける手は離れない。もどかしい気持ちだけが募る。


小春は、恐怖に目を堅く瞑った。



「あんた達の目的は私でしょ!?だったら私にしてよ、お願いだから小春を巻き込まないでよ……!!」



いくら声を張り上げても、届かない。
聞き入れられることは、ない。


頭をさらに地面に押し付けられるだけで、親友が酷い目にあうのを見ていることしか、できない。

胸が張裂けそう。



私はただ無力で、非力で……ちっぽけな存在だった。



私じゃ、小春を救えない。

私を救ってくれた小春を、私は救えない。



誰でもいい


誰か、誰か──



小春を



私の大切な小春を……!!!





「何や、えらい大人数で楽しそうやん」





私は、ありったけの思いを込めて、願った。


神様に、願った。


その願いが叶った……のかは、わからない。



でも、現れたんだ。



ヒーローが、


赤い、ヒーローが。


 
夕日を背にして立つ“彼”の髪が、茜色と溶け合う。



鮮烈な赤に、誰もが目を奪われる。



にんまり笑う彼は、ちょっとヒーローらしくはないけれど……


私達にとっては、間違いなくヒーローだった。