気まぐれヒーロー




朝。新しい一日がまた、始まる。

目を開けると、体が鉛みたいに重い。
起き上がるのが、ひどく億劫だった。

心が拒んでいる。学校に行くことを。


田川や本城咲妃に会いたくない。
みんなの視線が怖い。
今度は何を言われるんだろうって、怯えてる。


言葉の刃に、また傷つけられる気がした。

誰にもわかってもらえなくて、前に踏み出せない。



そして何より……ジローさんやハイジ達に会うのが、一番怖い。

彼らの口から何を告げられるのか。

想像は嫌な方向にばかり転がって、止まらない。



鉄の枷を引きずるみたいに重たい体を動かして、母の小言を背にのろのろと支度をする。

憂鬱を抱えたまま、家を出た。


こんなに、学校って遠かったっけ……。


行きたくない気持ちが、歩みを鈍らせる。

入学してから初めてだった。


ここまで学校という場所を、体が拒絶するのは。

休みたいと思ったのも、初めてだった。



お兄ちゃん

お兄ちゃんがもし生きてたら、何て言ってくれる?

今の私を見て、どう思うかな。


きっとお兄ちゃんなら、


『シケたツラしてんじゃねえよ』


笑って背中を叩いて、気合い入れてくれるよね。


自然と思い浮かぶんだ、お兄ちゃんの笑顔。


私も強くなりたい。

お兄ちゃんみたいに、折れない、挫けない心を持ちたい。

シャキッとしなきゃ。

私は“花鳥響”の妹なんだから。



考えれば考えるほど塞ぎ込みそうになるから、もうやめた。


自分を、信じなきゃ。



学校に着くと、廊下のあちこちから視線が絡みついてくる。

疑惑。軽蔑。興味本位。嫌悪。

それらが容赦なく、私を突き刺す。


「ももちゃんおはよ!」

「あ、おはよ」


教室に入ると、真っ先に私に声をかけてくれた小春。

彼女だけは、変わらない笑顔を私にくれる。


「昨日先に帰っちゃってごめんね、家族で出かけなきゃいけなくて」

「ううん、いいよ」


小春は、たぶん私と田川達との噂を知ってると思う。これだけ広まってるんだもん。

一年の間で流れているのは、見当違いな憶測ばかりなんだろうけど。


それでも小春は、私といてくれる。
何も聞かず、笑ってくれる。

そんな彼女の優しさに、私はどれだけ救われているんだろう。

学校に来れるのも、私が笑顔でいられるのも小春のおかげ。


独りぼっちだったら……とっくに負けてたかもしれない。