夏が終わったとはいえまだ蒸し暑くて、全力疾走すれば体が汗ばんでくる。
夜へと移り変わった街を走り抜け、家の近辺の見慣れた景色に、速度を落とした。
忙しなく地面を蹴っていた足を、止める。
乱れた呼吸を整えながら、後ろを振り向いてみても……誰もいない。
願った彼の姿は、なかった。
街灯に照らされる道路が、やけに寂しく見えた。
なにを、期待してたんだろう。
ジローさんが私を追いかけてきてくれるわけ、ないのに。
彼女と一緒にいるっていうのに。
私はなにを……。
どこまでもご都合主義な頭に、嫌気がさす。
心のどこかで、私は──“彼の特別”だなんて錯覚していた。
私だけが近づけて、声を聞けて、優しくしてもらえて。
私だけを、受け入れてくれる。
彼の傍にいるうちに、そんな傲慢な思いを知らずに抱いてしまっていた。
彼が、他の女の子には一切目もくれないから……いつしか、彼から向けられる愛情に甘えていた。
とんだ勘違いだったのに。
私は単なるペットで、それすらももう、滑稽で。
これが……現実。
彼が選んだのは、あんなに綺麗な女の人。
どれだけ手を伸ばしたって、届かないところにいる人。
結局、男の人が選ぶのはそういう人なんだ。
“ブスに告られても嬉しくねーし”
顔が良くなきゃ……好きにはなってもらえないんだ。
私なんかが、“白鷹次郎”に恋なんてしちゃいけなかった。
これはきっと、身分違いの恋をした私への罰。
諦めるんだ。
あの手で触って欲しい、あの瞳に映りたい、彼を独り占めしたい……
そんな想い、全部捨ててしまおう。
何度も何度も自分に言い聞かせ、私は家に帰った。
お母さんに豆腐を渡すと、「今日は豆腐ステーキよ!豆腐が主役なのよ!んもう!待ってたわよ豆腐ちゃ~ん」と年甲斐もなくはしゃいでいた。
そんなに大事な主役の豆腐ちゃんを買い忘れるってどういうことだい、母よ。
おかげで私は散々だったよ。
「くっそおお豆腐、てめえこんにゃろおお!!つるんとしやがって!美白自慢かコラ!!」
「あんた何やってんの!!今日の晩ご飯の主役に何すんの!!あんただけ豆腐抜いちゃうわよ!?ただのステーキにしちゃうわよ!?」
もう思考が正常じゃなくなってた私は、こうなった原因を作った豆腐のヤロウに頭突き勝負を挑もうとしたが、母によって阻止された。
自分の頭は相当キテるなと思った。

