気まぐれヒーロー




「いいの?タマちゃん」

「……関係ねえよ」



夢だったらいいのに。

全部、夢だったらいいのに。


ヒドいよ、こんなの──。




“関係ねえよ”




その言葉が耳の奥で何度も反響して、世界が一枚薄い膜を張ったように遠ざかる。

決定的な、一言だった。


あの人はジローさんの、彼女。


私はただの、ペット。


ペットより彼女を大事にするのだって、彼女に誤解されないように『関係ない』って言うのだって当然のことだ。



好きだった。

ジローさんが。


この恋が叶うことはないと知って……初めて、気づいた。自分の中で、彼への想いがどれだけ大きかったかを。

なんて、皮肉なんだろう。


ジローさんは彼女を車に乗せ、自分は乗らずにドアを閉めた。

そしてまた私のほうへ、ゆっくり歩いてくる。


彼の顔が見れなかった。

どんな顔したらいいのか、わからなかった。

どうしようもなく辛いのは、私だけだから。



「送ってく。乗れよ」



やっぱりニブい彼は、平然と私に残酷なセリフを吐く。




“可愛いな”

“俺には、お前だけでいい”




こんな時に、次々と浮かぶのは優しい彼の言葉。


バカみたい。

全部、ペットに向けられてた言葉なのに。


嬉しくて、ドキドキして。幸せで。

ほんと……バカだ。



「歩いて帰れるから、……」

「いいから乗れ」



必死の思いで声を絞り出したのに、震えてしまう。

だけど彼は気にも留めず、強引に私の手を取った。


私は、その温かい手を、大好きだったあの大きな手を──振り払った。


ジローさんがどんな顔してるかなんてわからない。
でもきっと彼らしい、何の色もない無表情なんだろう。



「私に、構わないでください……!!」



こんなの、自分勝手だってわかってる。

私が一方的に好きなだけで、彼には彼女がいて。
嫉妬して彼の好意を拒絶した。


涙がこぼれ落ちそうで、懸命に堪えた。


見られたくない。

今、ここで泣き出したりしたら……もっと惨めだ。




「さよなら」




無言のまま、私を見つめてくるジローさんの視線に耐えられなかった。


私は彼に背を向けると、逃げるようにして走り出した。