気まぐれヒーロー



心臓が……潰れそう。

三日月型に、彼女の唇が形を変える。

その笑みは、勝ち誇ったように、歪んで見えた。


視界が急に薄くなり、世界から色が抜け落ちる。

手に提げていた豆腐の入った袋を落としそうになったけど、動揺を悟られなくて持ち直した。

けど全身から力が抜けていきそうで、気を張ってないと、立っていられない。


さっきの言葉……彼女は私にだけ聞こえるように、囁いた。

私がジローさんのことを好きだって、気づいてるみたいだった。

それを知った上で、わざと当てつけるように。




ジローさん……

この人と、キスしたの?


女の子、ダメなんじゃなかったの?



もしかして……

あなたの彼女、なの……?



何もかもが、わからなくなった。

何もかもが、信じられなくなった。



飛野さんとタイガは、知らない間にコンビニの中にいる。

外に残されたのは、私と彼女と、壁にもたれたままのジローさんだけ。

通行人の視線なんて、どうでもよかった。



「あれ、タマちゃん?どうしたの、大丈夫?」



黙り込んで虚ろに視線を落とす私を、美女は心配そうなフリして覗き込む。


本当は、わかっているくせに。

私はペットで、この人はきっとジローさんの彼女。

自分のほうが上で、私なんかが“彼女”なんてポジションにつけるはずもないって。



「ジロー、タマちゃん具合悪いんじゃない?ご主人様なんだから、ちゃんと面倒見てあげなよ」



クスクスと含み笑いを添えて、彼女はジローさんに視線を送る。


この人……私を試してる。

私がどう反応するか見たくて、わざとこんな言い方してる。


私は何も言えなくて、余裕なんか一つもなくて。
泣きそうで、惨めだった。

弱かったんだ。



「ハナ、やめろ。行くぞ」



ジローさんは短くなったタバコを捨て、私達のところまでダルそうに歩いてくる。


“ハナ”と呼んだその彼女の手を取り、車へと連れて行った。