「じゃ、俺行くわ。今からバイトやねん」
ケイジくんはフェンスから背を離し、「またな」と片手を上げ、扉へと歩き出した。
「ケイジくん、あの……」
なぜだったんだろう。
彼の背中に、声をかけられずにはいられなかった。
ケイジくんは歩を止め、ゆっくりと振り返った。
「ん?どした?」
笑顔は崩さずに、待ってくれている。
聞きたいことはいっぱいあるのに、どれも口に出す勇気がなかった。
知らなくて良かったことを知ってしまったら、今の弱気な私には、耐えられるんだろうかと……踏み止まってしまった。
近すぎない、遠すぎない。
彼らとの距離が、まだ私には掴みきれない。
「……頑張ってタコ焼き作ってね」
だからって、必死で絞り出したセリフがこれとは。
「おっけー、こうやってこうクルクル回してな……って、俺タコ焼き屋のバイトちゃうねんけど!?」
「え、たこやきプリンスなのに?」
「うひゃひゃひゃ!何やそれ、もっとイケてるのんつけてーや」
可笑しそうに、ケイジくんは笑い続けていた。
だってたこやき仙人とお知り合いなんでしょ、って言いたかったけどやめといた。
「ああ、そうや。一つももちゃんに聞き忘れとった」
「なに?」
ケイジくんの笑顔が、ふっと引っ込む。
ちょっぴり真剣な眼差しに、思わず身構える。
「ハイジとどこまで進んでんの?」
「は!?」
なんで?
なんでそこでハイジ!?
「アイツ、えらいももちゃんに夢中やしな」
「や、それは誤解だよケイジくん。アイツは私をオモチャにしてるんだから!私で遊んでるだけなんだから!」
気味の悪い言い方をしないでほしい。
こっちはあの緑ボーズのせいで、どんな被害を被ってるか。
私を地獄に突き落とし、上からニヤニヤと高見の見物をしている緑の悪魔とどこに進むっていうんだい。
たぶんもの凄く仏頂面になっているであろう私に、ケイジくんは悪戯っ子みたいな笑顔になって、続けた。
「俺はちゃうと思うけどなぁ。だってアイツ、女にここまで入れ込むことないもん。基本、あんま好きちゃうみたいやしな、女のこと。めんどい言うとったし。ももちゃんは特別なんやな~」
もう……本気で、妙なことを言うのはやめてほしい。
ケイジくん、絶対確信犯。
この人も、本当はすごく意地悪なんじゃない?とげんなりした。

