気まぐれヒーロー




「縮み上がっちまったんじゃねーの〜?てめえの──」


その時。
私の世界から、音が消えた。

ジローさんへ向けて先輩達の口から発せられるであろう、品のない単語は私の耳に入ることはなかった。


手の平にあった耳センが、背後から伸びてきた誰かの手によって取り上げられ、そのまま私の耳に押し込まれたからだった。


急いで振り返れば、そこにいたのは──

飛野さんだった。

耳センを装着してくれたのは、彼だった。


飛野さんの表情は穏やかで、目を丸くする私を見下ろしている。

彼の目が、訴えかけてくる。


“聞くな”と。

“こんなくだらない野次は、聞かなくていい”と。


飛野さんもこの状況を把握している。


ジローさんが三年生にヒドい言葉を投げられることを、予め知っていたみたいだった。

そして飛野さんもまた、自分と同じ学年の彼らに何も言うことはなかった。


どうして怒らないの?

こんなこと言いたい放題にさせて、どうして……。


もうジローさんは大分前の方にいて、彼の背中が遠かった。

三年の先輩達もジローさんが行ってしまったから、つまらなさそうにしていた。


あの言葉の暴力の嵐は、止んだ。


ほっとして耳センを外し、飛野さんに話しかけようとしたのに。


「よォ、飛野。何突っ立ってんだよ、こっちに来いよ」


先輩達の興味が、今度は飛野さんに移った。

不安げに隣の飛野さんを見上げれば、彼の顔つきは心なしか鋭くなっていた。

さっきのような笑みは、その顔になかった。


次は飛野さんがジローさんと同じ目に遭うの?

そう思うと、再び心臓が嫌な脈を打ち始める。


「花鳥、行け」


三年の人達から視線は逸らさず、飛野さんは小声で私に囁きかけた。


「あの、飛野さ……」
「話しかけるな」


隙のない、低い声が私の声を遮った。

飛野さんの雰囲気が、不穏なものに変わり始めている。

三年の先輩達へ向ける眼差しが、一層険しくなっていた。

いつもの穏やかな飛野さんじゃない。

彼の“もう一つの顔”がそこにある。


「関係ないフリして行け」


彼が何を言わんとしてるか、察した。

私を危険なことに巻き込まないように、自分と知り合いだと先輩たちに勘づかせないために。

飛野さんはそう言った。


だから、行かなきゃ。

何でもないフリして。
見なかった、聞かなかったことにして。

通り過ぎなきゃ。

冷静になり、飛野さんに背を向けると、この場を離れるべく足を踏み出した。