気まぐれヒーロー



重い沈黙のなか、太郎さんが心を決めたように、ゆっくりと私に視線を上げた。


こんなにも屈強で、誰も寄せつけないような男の人なのに──
その表情の奥に、かすかな“弱さ”を見た気がした。


それでも彼の瞳は、揺らがない。

真っ直ぐで、凛とした強さを宿していた。


太郎さんは深く息をつき、座り直すと、迷いを抱えながらも静かに口を開いた。



「次郎な……アイツ、女に対して根深いトラウマがあるんだ。アイツにそのトラウマと、全身に消えねえ傷を刻み込んだのが……俺と昔つるんでた、ある一人の男と、その取り巻きの連中だった」



心臓が強く、脈打つ。
ここからは、お兄ちゃんの事件の真相に触れる話かもしれない。

それから……ずっと気になっていた、ジローさんの“女嫌い”の理由も。



「ソイツらが次郎にした仕打ち……それを知ったのは、全て手遅れになってからだった。あんなひでえこと、されてたっていうのによ……アイツが壊れるまで気づいてやれなかった。俺は……アイツの兄なのにな」



どこか独り言のように太郎さんの口から零れていく言葉には、自嘲が色濃く滲んでいた。


お兄ちゃんが命を落とした理由も

ジローさんが背負った深い傷も

その全てを──太郎さんは自分の罪だと、背負い込んでいる。



「情けない話だが、あの頃の俺は自分のことしか考えてなかった。好き勝手に暴れ回って、その結果、あちこちで恨みをかった。……その皺寄せが全部、次郎に向いた。ヤツら俺に敵わねえから、弟の次郎を標的にしやがったんだ。さっき言った“連中”も──そうだった」



慎重に落ちていく声が、空気をさらに重たくする。

太郎さんの言葉の一つひとつが、胸に突き刺さる。



「いち早く次郎の異変に気づいたのは、響さんだった。響さんは、なんでか次郎を気に入ってくれてたから。その時忠告されたんだ。『ちゃんとアイツのことを気にかけてやれ』って。けど俺は……その言葉を軽く流してた。次郎は男だし別に俺が心配することもねえ、何考えてるかわかんねえしほっときゃいいって思ってた。何もわかっちゃいなかったんだ、事態の深刻さに」


どんどん太郎さんの声が、重く沈んでいく。

罪悪感に、覆われていく。



「アイツら……次郎をオモチャみてえに、──」



太郎さんはそこで、一旦口を噤んだ。視線を伏せ、次に話す言葉を選んでいるようだった。

私に言うべきかどうか、迷っているようにも見えた。


わかってる。太郎さんをそうさせているもの。

だから、太郎さんが再び口を開こうとするよりも先に、私がそうした。


彼にこれ以上、負担をかけたくなかった。