気まぐれヒーロー



廊下はまさに押し合いへし合い。
だんご状態でひしめき合っていて、女子のキャーキャーという黄色い歓声が耳をつく。

これじゃあハイジも私を見つけられないだろう。
よし、脱走するなら今のうち……



「はいは~い、サインと記念撮影はまた今度な。花鳥ももはどこだ?知らねーか?」



あああっ、名前!私の名前、出してるし!

ハイジが「花鳥もも」と口にした途端、しーんとさっきまでの喧噪が嘘みたいに静まりかえった。

そして廊下にぼーっと立っている私へ、みんなが顔を向ける。

こ、怖すぎ……。

視線がちくちく突き刺さって、思わず後ずさりしてしまった。


「ももちゃん……ハイジくんと知り合いなの!?」


驚いて隣から視線を送ってくる小春の声も、今は届かない。


「お、いたいた。ももちゃ~ん、約束破った罪は重いぜ~?」


人だかりの中、突き出た緑色の頭。

にっこり黒い笑みを浮かべる悪魔に、背中に悪寒が走った。


に、逃げ……逃げなきゃ!!


それがさらに事態を悪化させるなんてこの時は私が知る由もなく、反射的にハイジに背を向けて走り出していた。


「おま……また逃げんのか!!おい、追うぞ!!」


背後から聞こえてくる、数人の騒がしい足音。
ちらっと後ろを振り返れば、緑を筆頭に十人くらいのガラの悪い人達が追いかけてきていた。

マ、マジで怖すぎる!

まさに肉食動物に狩られる草食動物みたいな感じで、かなり一方的な鬼ごっこが始まったのだった。

この大騒動に学校中の生徒から注目を浴びていたけれど、私にはそんなのどうでもよくて、ハイジから逃げることに必死だった。

足は速くないけど、どうにか校舎内を複雑に走り回ると一階に降りて、裏口から私は校舎の外に出た。

まだ校舎内からは、ぎゃーぎゃー騒いでる男達の声が木霊していた。