「ジローさん、私の名前……花鳥ももっていうんです」
遅ればせながら……ってほんとに今さらなんだけど、もの凄く順番を間違っている気がするけれど、ジローさんに本名を打ち明けてみた。
だって未来永劫、「タマ」としてジローさんの記憶に刻まれるのはちょっと……いや、かなり嫌すぎる。
「タマになんで別の名前があるんだよ。誰がつけたんだ。俺に無断で、他の名前つけられてんじゃねえよ」
やっぱりね。そうくると思ったんだ。
あくまでもあなたの中では、「タマ」が先なんですね。
わかってたけど、こうもどんぴしゃで返されると諦めもつくというか。
名前をジローさんに覚えてもらおうなんて無謀な挑戦は、やめておこうと思わされた。
一回くらいは……本当の名前で呼んでほしいんだけどね。
コンクリートの壁に背を預け、長い足を投げ出して座るジローさん。
その横で、私も壁にもたれて立っていた。
制服のポケットからタバコの箱を取り出し一本抜くと、ジローさんはそれをくわえてライターで火を点けた。
その一連の動作に、自分でも無意識のうちに魅入ってしまっていた。
彼の長い指や、タバコを吸う時の仕草や表情が……見惚れるほどに色っぽいから。
うちのお父さんだって家で吸ってるけど、そんなの一度も思ったことないし煙たいし臭いし、禁煙すれば、少ないと嘆いているお小遣いもほんのちょっとは増えるだろうに。ぐらいしか、感じたことない。
お父さんだけじゃない。
街中や駅や色んな場所で男の人が喫煙する場面に出くわすけれど、目を惹かれるのなんて、ジローさんだけだ。
どうして同じ男の人なのに、こうも違うんだろう。
どうしてジローさん……こんなに、綺麗なんだろう。
誰もが羨むような美貌を持ってるのに……なんで女の子が嫌いなの?
一瞬、口をついて出てしまいそうになった疑問。
だけど聞いちゃダメだ。
だってそれがジローさんにとって触れられたくないことだったら、私はとんでもない無神経女になってしまう。
私なんかが、興味本位で踏み込んじゃいけないことなのかもしれない。

