付き合いはあくまでクールに、適度な距離を保って。
それがSNSの世界を平和に乗り切るコツだと、同じ発信者としては少しだけ提言してあげたくはなる。
だけどもちろん、それを行動には移さない。
下手に関わって面倒事に巻き込まれるのはごめんだ。
私が出来るせめてもの事として、ひたすら続く悪意の羅列の中にある『しばらくSNSお休みした方がいいですよ』というコメントの下にあるグッドボタンを押しておく。
ソフトな文面と内容から察するに、かっちゃんと名乗るこの人物はおりんママの支持者の様だ。
イイねを押したついでにすぐ横にあるコメントマークを見てみると、予想通りそこには七人のリプライがついていた。
クリックしてそのコメントに対するコメント欄を覗いて見ると、更に予想通りそこもまた反論の嵐だった。
『あなたも同じ考えの方? やばいですよ』
大まかに要約するとそういった内容のコメントばかりがつらつらと並んでいる。
(可哀そうに)
言っている事はおそらく正しい。だけどこの人物も致命的な間違いを犯している。
この場ではこのおりんママの支持者だと匂わせた時点で負けで攻撃対象になってしまうのだと、分かっていないのだ。
いや、それでも構わず助けてあげようとしているのならそれこそ敬服ものだけど、おそらくそこまでの考えには及んでいないのだろう。
わざわざ表に出てくるから不必要に責められる羽目になるのだ。
そしてこういう人物の横槍がよりトラブルを大きくする。
火がついてしまっては止められないし、見つかってしまった以上、あっという間に拡散されて晒される未来しか待ってない。
私はもう一度かっちゃんのコメントを見る。
気まぐれな衝動のままに同意のボタンを押したけど、それは正しい判断だったのだと改めて感じる。
ひたすら黙るが吉というこの人の意見はやっぱり正しい。もう発言すれば発言するだけ傷が深くなるだけだ。
私は何も出来ないけれど、私のこのグッドがかっちゃんなる人物のせめてもの慰めになってくれる事を祈るばかりだ。
一通りコメント欄をチェックした後、ブラウザバックボタンを押す。
再びおりんママのコメント欄が現れたそのタイミングで、ヴーッ、ヴーッ、と耳にし慣れた静かな鳴動音が耳に届いた。
他に何の音も立ってない室内にはその音はやけに大きく響く。
パソコンの画面から目を離しそちらの方へ目を向けると、テーブルの上では一ヶ月程前に買い換えたスマートフォンが震えて、誰かからの連絡を告げていた。
誰かと言っても、その相手が誰なのかは簡単に推測出来た。
推測するまでもない。私に連絡をくれるのは彼しかいないから、スマホの連絡イコール彼からの報告ともう今は既に結びつけてしまう。
スマホを手に取って光った画面に目をやると、メールの着信通知が来ていた。
『今から帰る』
要件だけの、端的な内容のメール。
読んでああもうそんな時間かと気づき、時刻を確認すると確かにいつもと変わらない彼の帰宅時間になっていた。
辺りも少しだけ薄暗くなりつつある。
私はパソコンの電源を立ち上げたまま椅子から立ち上がって、部屋の照明のスイッチを入れた。
パッと一気に周りが明るくなった空間を歩いて、システムキッチンへ向かう。
今からひと仕事だ。
言う程のものじゃないけど、とりあえず今の私にとってはこれが仕事と言っていいだろう。
冷蔵庫を開けて中を確認する。
タッパにつめられたおかずの山を見て、頭の中で少しだけ考える。
今日のランチで結構ボリュームのある食事をとってきたから、個人的に軽めのものがいい。
魚の煮付けを手に取りかけて、だけどそういえば昨日も野菜の煮物料理だったなとふと思い至った。
そういえば一昨日も野菜と豆腐をメインにした控えめのメニューだった気がする。
彼はそろそろカロリーを欲しくなる頃かもしれない。
伸ばした手の行き先を変えて、私はスペアリブが入ったタッパを選んだ。
与えられたメニューの中から選んで食べるなんて、まるで外食のようだといつも思う。
不自由のない生活。私は本当についている。
今のこの瞬間だけがではない。生まれてからこのかたずっとと言っていい。
困った事の無い人生。荒波に立ち向かった経験の無い人生。
周りから見たらこれも面白みがないと思われるのだろうか、もしくは羨ましいと思われるのか。
でもやっぱりそれも私にとってはさほど興味をひかれる物じゃない。もっと直接的に言えば、どうでもいい。
今の私の成すべき事は、とりあえずこれから帰ってくる夫の為に夕食の準備を整える事だ。
温かいものは温かいうちに、冷たいものは良く冷えた状態で出したいので、あくまでもやるのは下準備までだ。
必要な食器を出して、常温で出しておいても支障がない物だけを盛り付けておく。
仕上げにパソコンの位置を邪魔しないテーブルの隅に箸を置いて、完了。
――あとは温める物を温めて皿に盛り付けて添えるだけ。彼が帰って来るのを待つだけだ。
十分もたたないうちに準備を整えると、私はもう一度腰を下ろしてパソコンと向き合った。
時間経過のせいでブラックアウトしていた画面を再稼働させて、さっきまで見ていたタブを開き直す。
コメントが届いた通知のマークが記されていた。私のアカウントに対する反応だ。
帰って来て直ぐに投稿した、今日のランチについての反応だろうか。
投稿してから何度かコメントや反応が来ていたのでそう思い、自分のアカウントまで飛んで確認してみたけれど、違った。
コメントが加わっていたのはもう一つ前、四日前に夫と夜に外食に出かけた時の物に対してだった。
『旦那さんと素敵なデートで羨ましいです!』
コメントの最後には、無駄に大げさな程のハートや顔文字がずらずらとひっついている。
正直この手のタイプとは相性が合わないなと思うけど、私はあくまでアカウントの主として、褒めてくれた相手に対して相応の対応を返す。
『ありがとうございます。そう言っていただけて旦那さんも喜びます』
短く端的な返信を打って、最後にニコニコマークの顔文字も忘れず付けて、送信ボタンを押す。ミッション完了。
そしてまた適当に面白い場所を探しに行こうとした時――ふと今貰ったものの一つ上にあるコメントが目に入ってきた。
『金持ちアピールうざ。消えろ』
猫のアイコンのその人物は、この世界ではエリンギと名乗っているようだ。
これまでにも何度かこういうメッセージを定期的に送って来ているので、頭に残っている。
それがSNSの世界を平和に乗り切るコツだと、同じ発信者としては少しだけ提言してあげたくはなる。
だけどもちろん、それを行動には移さない。
下手に関わって面倒事に巻き込まれるのはごめんだ。
私が出来るせめてもの事として、ひたすら続く悪意の羅列の中にある『しばらくSNSお休みした方がいいですよ』というコメントの下にあるグッドボタンを押しておく。
ソフトな文面と内容から察するに、かっちゃんと名乗るこの人物はおりんママの支持者の様だ。
イイねを押したついでにすぐ横にあるコメントマークを見てみると、予想通りそこには七人のリプライがついていた。
クリックしてそのコメントに対するコメント欄を覗いて見ると、更に予想通りそこもまた反論の嵐だった。
『あなたも同じ考えの方? やばいですよ』
大まかに要約するとそういった内容のコメントばかりがつらつらと並んでいる。
(可哀そうに)
言っている事はおそらく正しい。だけどこの人物も致命的な間違いを犯している。
この場ではこのおりんママの支持者だと匂わせた時点で負けで攻撃対象になってしまうのだと、分かっていないのだ。
いや、それでも構わず助けてあげようとしているのならそれこそ敬服ものだけど、おそらくそこまでの考えには及んでいないのだろう。
わざわざ表に出てくるから不必要に責められる羽目になるのだ。
そしてこういう人物の横槍がよりトラブルを大きくする。
火がついてしまっては止められないし、見つかってしまった以上、あっという間に拡散されて晒される未来しか待ってない。
私はもう一度かっちゃんのコメントを見る。
気まぐれな衝動のままに同意のボタンを押したけど、それは正しい判断だったのだと改めて感じる。
ひたすら黙るが吉というこの人の意見はやっぱり正しい。もう発言すれば発言するだけ傷が深くなるだけだ。
私は何も出来ないけれど、私のこのグッドがかっちゃんなる人物のせめてもの慰めになってくれる事を祈るばかりだ。
一通りコメント欄をチェックした後、ブラウザバックボタンを押す。
再びおりんママのコメント欄が現れたそのタイミングで、ヴーッ、ヴーッ、と耳にし慣れた静かな鳴動音が耳に届いた。
他に何の音も立ってない室内にはその音はやけに大きく響く。
パソコンの画面から目を離しそちらの方へ目を向けると、テーブルの上では一ヶ月程前に買い換えたスマートフォンが震えて、誰かからの連絡を告げていた。
誰かと言っても、その相手が誰なのかは簡単に推測出来た。
推測するまでもない。私に連絡をくれるのは彼しかいないから、スマホの連絡イコール彼からの報告ともう今は既に結びつけてしまう。
スマホを手に取って光った画面に目をやると、メールの着信通知が来ていた。
『今から帰る』
要件だけの、端的な内容のメール。
読んでああもうそんな時間かと気づき、時刻を確認すると確かにいつもと変わらない彼の帰宅時間になっていた。
辺りも少しだけ薄暗くなりつつある。
私はパソコンの電源を立ち上げたまま椅子から立ち上がって、部屋の照明のスイッチを入れた。
パッと一気に周りが明るくなった空間を歩いて、システムキッチンへ向かう。
今からひと仕事だ。
言う程のものじゃないけど、とりあえず今の私にとってはこれが仕事と言っていいだろう。
冷蔵庫を開けて中を確認する。
タッパにつめられたおかずの山を見て、頭の中で少しだけ考える。
今日のランチで結構ボリュームのある食事をとってきたから、個人的に軽めのものがいい。
魚の煮付けを手に取りかけて、だけどそういえば昨日も野菜の煮物料理だったなとふと思い至った。
そういえば一昨日も野菜と豆腐をメインにした控えめのメニューだった気がする。
彼はそろそろカロリーを欲しくなる頃かもしれない。
伸ばした手の行き先を変えて、私はスペアリブが入ったタッパを選んだ。
与えられたメニューの中から選んで食べるなんて、まるで外食のようだといつも思う。
不自由のない生活。私は本当についている。
今のこの瞬間だけがではない。生まれてからこのかたずっとと言っていい。
困った事の無い人生。荒波に立ち向かった経験の無い人生。
周りから見たらこれも面白みがないと思われるのだろうか、もしくは羨ましいと思われるのか。
でもやっぱりそれも私にとってはさほど興味をひかれる物じゃない。もっと直接的に言えば、どうでもいい。
今の私の成すべき事は、とりあえずこれから帰ってくる夫の為に夕食の準備を整える事だ。
温かいものは温かいうちに、冷たいものは良く冷えた状態で出したいので、あくまでもやるのは下準備までだ。
必要な食器を出して、常温で出しておいても支障がない物だけを盛り付けておく。
仕上げにパソコンの位置を邪魔しないテーブルの隅に箸を置いて、完了。
――あとは温める物を温めて皿に盛り付けて添えるだけ。彼が帰って来るのを待つだけだ。
十分もたたないうちに準備を整えると、私はもう一度腰を下ろしてパソコンと向き合った。
時間経過のせいでブラックアウトしていた画面を再稼働させて、さっきまで見ていたタブを開き直す。
コメントが届いた通知のマークが記されていた。私のアカウントに対する反応だ。
帰って来て直ぐに投稿した、今日のランチについての反応だろうか。
投稿してから何度かコメントや反応が来ていたのでそう思い、自分のアカウントまで飛んで確認してみたけれど、違った。
コメントが加わっていたのはもう一つ前、四日前に夫と夜に外食に出かけた時の物に対してだった。
『旦那さんと素敵なデートで羨ましいです!』
コメントの最後には、無駄に大げさな程のハートや顔文字がずらずらとひっついている。
正直この手のタイプとは相性が合わないなと思うけど、私はあくまでアカウントの主として、褒めてくれた相手に対して相応の対応を返す。
『ありがとうございます。そう言っていただけて旦那さんも喜びます』
短く端的な返信を打って、最後にニコニコマークの顔文字も忘れず付けて、送信ボタンを押す。ミッション完了。
そしてまた適当に面白い場所を探しに行こうとした時――ふと今貰ったものの一つ上にあるコメントが目に入ってきた。
『金持ちアピールうざ。消えろ』
猫のアイコンのその人物は、この世界ではエリンギと名乗っているようだ。
これまでにも何度かこういうメッセージを定期的に送って来ているので、頭に残っている。

